第十話 神性を得る道
虐待されていたこともあって主体性のない子が多いものの、イジコや面霊気、比較的年の近い大泥渡、人生経験豊富な月ノ輪童子が面倒を見れば少しは改善していくだろう。
下漬もおそらく、言うことを聞かせやすいように素直な子供を集めている。問題児がいない分、墨衛門たちとの衝突も当面は心配しなくていいだろう。
一応の監視役として塵塚怪王を迷い家に残した折笠たちは客室に移って話し合う。
「数日以内に神性を得る必要がある」
神性を得るだろう雷獣を再度調伏するまでの時間を逆算して、大泥渡が議題を提示した。
いままでも神性を得るため精力的に活動したため、これ以上ペースを上げるのは不可能だ。
「折笠君が半妖たちの妖核を貰っておけば、なんとかなったかもね」
子供とはいえかなりの数の妖核だ。折笠や月ノ輪童子なら神性を得るとっかかりにはなっただろう。
とはいえ、黒蝶も本気で言っているわけではない。
黒蝶の本命の案は別にあった。
「折笠君だけは神性を得る方法があるよ」
「本懐だよな」
守る者が増えるほど、妖力も増していく折笠の本懐。
同盟が成立して以降、折笠の妖力は格段に増した。盟主の立場として、仲間を守り抜く意思があるからだ。
サトリが大泥渡の頭を枕にくつろぎながら嫌味に笑う。
「つまりは、有象無象を仲間に組み込ンで、唐傘の妖力を跳ね上げようって話かァ? 悪手だぜ。有象無象が一撃でやられて、唐傘が敵の真ん前で弱体化しちまう。そうなりャあ、敵の士気が跳ね上がるだけだかンなァ」
「いや、その場合、仲間はやられない」
「はァ? 有象無象だぜ? 自衛ができるならとうの昔に戦ってらァ」
「迷い家に入ってもらうんだよ。まぁ、やりたくはないけど」
「……なるほどなァ。守りは最低限で済むってェわけだ。唐傘がやられたら全滅だが」
そもそも戦う力もない者たちを迷い家で連れて行く時点で倫理の欠片もない一手だ。協力者を募るとしてもどれほど集まるか。
「我はもう一手思いつくがのう」
月ノ輪童子が面白そうに呟いて、窓の外を指さした。
「高天原参りも終盤戦じゃ。神性を得るのは間に合わぬと考えた各地の郎党は勝ち馬を探しておるじゃろう」
勝ち馬といっても、下漬につくことはないだろう。水之江家の陰陽師側について下漬を迎撃するのも非現実的だ。
つまり、各地の郎党が乗れるのは対い蝶の郎党のみ。
高天原参りに参加していた妖怪たちなら戦力にはなるだろう。なすすべなくやられるとは思えない。
月ノ輪童子は懐かしそうに目を細め、折笠に向き直る。
「全国の妖怪に檄を飛ばし、百鬼夜行を成せ」
妖怪たちの大行進、百鬼夜行。
勝ち馬に乗ろうとする妖怪たちを集め、連帯感を強め、折笠の妖力を増す方法。
確かに百鬼夜行を成せれば広く仲間を集められる可能性はある。逆に、話題にならなければ求心力の低さを露呈し、二度と浮上できなくなる。
月ノ輪童子の言う通り、勝ち馬に乗ろうとしている妖怪が多い今の状況ならば成功率が高い。
黒蝶がスマホを取り出した。
「折笠君、半妖はあの子達だけじゃないんだよ?」
「参加してくれる半妖がいるかな?」
SNS上でやり取りしているのは折笠たちが助けた半妖たちだ。それまで高天原参りの存在も知らず、陰陽師に存在を知られることもなくひっそりと生きてきた彼らが注目を集める百鬼夜行に参加するとは思えなかった。
だが、折笠が取り出したスマホには意外にも協力を申し出る半妖たちが多くいた。
特に、折笠と同世代の若い半妖たちに顕著だ。高天原参りの存在を知って以降、今後も狙われると感じて戦う力を磨いてきた者も多く、かろうじて戦力になるだろう。
出雲での戦いは命がけであることを考えると最低限の戦闘力を見せてもらう必要はあるが、百鬼夜行に参加するだけならば戦闘力はさほど問題にならない。
それに、折笠達より上の世代、結婚して家庭を築いていたり子供がいる半妖の申し出は渡りに船だった。
「妖核を渡したい、か」
折笠のような例外はあれど、半妖は黒蝶のように血筋で生まれる場合がほとんどだ。
半妖の子孫は半妖。隔世遺伝の可能性はあっても、子孫に発現する可能性は必ず存在する。
妖核を渡しても同じことで、いままで親世代の半妖たちは子供が巻き込まれても自分が表に立って反撃できるように妖核を持ち続けていた。
しかし、状況は変わってしまった。
折笠たちが勝たなければ、半妖が保護されることはない。イジコの半妖たちのように、陰陽師の奴隷に落ちるかもしれない。
親世代は覚悟を決め、子供たちの未来を妖核という形で折笠に託す決断をした。
黒蝶が折笠を見つめる。
「半妖全員、今とこれから生まれる半妖の全員分の未来だよ。背負える?」
「いまさら聞くなって。背負う覚悟をもって、この紋を掲げたんだ」
折笠は手のひら大の唐傘に対い蝶の紋を描き出し、スマホで写真を撮った。
霊感がなければ、ただ折笠の手の平が映っているだけのその画像をSNSに投稿し、折笠は言葉を添える。
『ありがとうございます』




