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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第三章 うつし世の夢

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第十八話 予期せぬ援軍

 霊道を抜けた直後、折笠はすぐに木の陰へと滑り込んで周囲の気配を窺った。

 塵塚怪王が森の奥で手招きしている。すでに周囲の安全は確認したのだろう。

 折笠は無言で頷いて、走り出した塵塚怪王の後を追う。

 森の中はイジコの独擅場だが、妖狐たちを狙った陰陽師がまだ付近に潜んでいる可能性が高いため道路上に出るのも悪手。いまは距離を稼ぐ以外に有効な手がない。


「主様、先ほどのイジコたちですが、なぜ面霊気の能力を使ってこなかったのでしょう?」


 折笠たちに対し、闘争本能を刺激するような怒りの面を使えば逃げることが難しかったかもしれない。

 塵塚怪王の質問に、黒蝶が答えた。


「私たちを泳がせて妖狐たちと合流したところを狙うつもりかなとも思うけど、サトリの読心と同じで妖力差があると効果がないんだと思う」


 いまは前者の場合を想定しておくべきと黒蝶が念を押す。


「妖狐たちに追いつけるかな?」

「怪我をしている妖狐が多いからそれほど速度は出てないはず。追いつけるよ」


 妖狐たちが慕う白菫の最期に間に合わせる。その一心で折笠が行き先の山を見上げた時だった。

 見覚えのある和船が空に浮いていた。


「あれって」


 思わず足を止めた折笠が指さす先を見て、塵塚怪王は首をかしげる。しかし、黒蝶は嬉しそうに妖力で作った蝶たちを空へと舞いあがらせた。


「狸妖怪の宝船!」


 それも一隻ではない。七隻もの宝船が浮いている。しかも、どれもが折笠たちの乗った五匹化けと呼ばれる船より規模が格段に大きい。

 七隻の宝船の帆には狸妖怪の郎党を示す柏巴紋に加え、墨の一字が書かれたものもある。

 黒蝶が放った迷い蝶に気付いたか、墨の宝船が高速で近付いてきた。

 宝船が狸妖怪が一匹、飛び降りてくる。五十メートルはありそうな高さから飛び降りた狸妖怪は名の由来である大煙管を地面に突き立ててから縮めていき、折笠たちの前に軟着陸した。


「――ご両人がなんでこんな北にいやがる? 京都を目指してたんじゃねぇのかい?」

「大煙管、こっちも聞きたいことはあるが、緊急なんだ。ケサランパサランの白菫がイジコの半妖に刺されて致命傷を負ってる。死ぬ前にこの地の妖狐たちに会わせたい。船に乗せてくれ!」


 警戒していた大煙管は折笠の状況説明を聞いて顔色を変える。


「ちっ、間に合わなかったか」


 思い切り舌打ちをして、手元の煙管を巨大化させると頭上の墨の字の宝船への伝声管代わりにした。


「旦那、イジコの半妖が近くにいます。唐傘と迷い蝶のご両人とその仲間からの証言なんで確度も高い。加えて、ケサランパサランの白菫が重傷」


 端的に伝えた大煙管はさらに煙管を大きくして、宝船と地上の間にスロープを作った。

 巨大すぎる煙管の中を狸妖怪が滑り降りてくる。その中には墨衛門のそばに控えていた小狸、豆介の姿もあった。

 あの和船の主は徳島狸の頭領墨衛門らしい。

 豆介たちが円陣を組み、同時に柏の葉を頭にのせて宙で一回転した。次の瞬間には、豆介たちが変化した小さな和船が浮いていた。

 大煙管が和船を顎で示す。


「乗りな」

「ありがとう」


 礼を言って、折笠たちは和船に乗り込む。

 急激に高度を上げた和船から夜の森を見下ろす。真っ暗な森にイジコや式の姿は見えない。

 大煙管が声をかけてきた。


「白菫はどこだ?」

「迷い家の中に匿ってる」

「そうか。聞きてぇことは山ほどあるが、まずは治療が先だな」

「治療か……」


 月ノ輪童子の見立てでは助からないとのことだった。容態を見ていない大煙管が治療を考えるのは当然だろう。

 その時、黒蝶が大煙管に質問した。


「もしかして、妙薬を持ってきてるの?」


 狸の妙薬の逸話を思い出し、折笠は期待を込めて大煙管を見た。

 狸の妙薬とは、江戸時代に書かれた宿直草にある逸話だ。女性に悪戯をして手を切り落とされた狸が妙薬と引き換えに切り落とされた手を返してもらう。

 切り落とされた手すらも綺麗にくっつくほどの薬だ。白菫が一命をとりとめる可能性もある。

 墨の一字が書かれた宝船と高度を合わせられるよう手振りで誘導しながら大煙管は答えた。


「戦に来たんだ。当然、持ってきてる。墨衛門の旦那が用意しているはずだ。船に乗り込んだらさっさと診せろ」


 急いで宝船に乗り込み、黒蝶が迷い家を展開する。

 折笠たちの慌てぶりで緊急性が伝わったのか、墨衛門が小さな壺を持って何も聞かずに迷い家に入った。


「ちりちゃん、大煙管に状況説明をお願い!」


 塵塚怪王に後を任せて、折笠と黒蝶も迷い家へ駆けこむ。

 迷い家の中に入ると、月ノ輪童子が墨衛門に場所を譲るところだった。

 邪魔になってはいけないとそっと近づく。月ノ輪童子が安心させるように炭風に頷きかけるのが見えた。


「流石、ケサランパサランじゃ。ここで豪運を引き寄せて来るとは」


 月ノ輪童子がそう言って立ち上がり、折笠たちへと歩いてくる。


「意識が戻るまで時間はかかろうが、狸の妙薬で治せる傷だそうじゃ」

「よかったぁ……」


 黒蝶が胸をなでおろす。

 一時はどうなることかと思ったが、最悪の事態は免れたようだ。

 治療を終えた墨衛門が折笠たちを呼ぶ。


「傷口に呪詛があったようだ。そこの陰陽師が解呪したな?」

「解呪じゃなく、呪詛返しだぜ。少しは向こうの足も鈍るだろ」


 大泥渡が何でもないことのように言う。だが、墨衛門の見立てでは呪詛が残っていた場合、狸の妙薬の効果がなかった可能性が高いという。


「確実に殺すための傷だ。並の刀ではない。妖刀の類だ。陰陽師は好かんが、お前はよくやった。褒めてやる」

「別にいらねぇ」


 憎まれ口を叩いてそっぽを向く大泥渡に墨衛門は笑い、炭風に体を向ける。


「早くて三日、おそらくはそれ以上の間眠ったままだ。看病してやれな」

「お任せください」


 細々とした看病の心得を語って聞かせた後、墨衛門が立ち上がる。

 迷い家の出口を指さして、折笠たちに話を切り出した。


「船で話そう。お互い込み入った事情があるようだからな」


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