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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第三章 うつし世の夢

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第六話  尋問

 社のミニチュアのような迷い家を展開する。

 黒蝶の手元から社のミニチュアが消えうせ、周囲の景色が歪む。

 すると、先が見通せない森に囲まれた一軒の日本家屋が目の前に出現した。

 東北地方の建築様式、南部曲り屋だ。上から見るとL字になった家屋で、馬屋と居住部分が一体化している。

 しかし、今までの所有者が手を入れたのか、馬屋部分は物置と化していた。

 居住部分は一般のそれに比べるとかなり広く作られており、土間に併設された茶の間でさえ折笠たちが車座になっても余裕がある。


 折笠たちに囲まれた陰陽師の男二人は土気色の顔で自分の運命を呪い、ぶつぶつと何かをつぶやいている。呪文の類でないのは塵塚怪王や大泥渡の呆れたような表情で分かる。


「折笠君、お茶ー」

「麦茶でいい?」

「我は蕎麦茶が良い」

「蕎麦茶? あるかなぁ」


 土間もリフォームされている。竈はそのまま横に大きな台があり、カセットコンロなどが置かれている。増設されたらしき真新しい木の棚に蕎麦茶があった。黒蝶が欲しがる麦茶は自販機で購入したものをクーラーボックスに入れて土間に保管してある。


 折笠が人数分の飲み物を用意している間に、陰陽師の男二人への尋問が進められる。サトリが心を読めるため嘘やごまかしは通じず、口をつぐんで別のことを必死に考えようとしても迷い蝶が視界に入って思考をかき乱され、真実を引き出される。

 しかも、黒蝶の言葉選びが非常に優秀だった。あえて選択肢が浮かぶように言葉を選んでいくため、陰陽師の男二人にはなすすべがない。


 小一時間、スムーズな尋問を続けた結果を紙に書きだした折笠は殺気立っている白狩を見る。

 ふさふさした三本の尻尾が互い違いに上下左右に振られている。逆立った毛はもちろん、犬歯を見せて威嚇し、静かに唸る白狩はいまにも陰陽師を食い殺さんばかりだった。

 それもそのはず、尋問の結果、陰陽師たちが白狩を狙ったのは別の作戦への前段階だったのだ。


「狐の嫁入りの阻止と、参加する妖狐を一斉討伐ね」


 白狩を襲ったのは、近頃行われる予定の狐の嫁入りに護衛として参加する前に、各個撃破しようという考えだったらしい。

 折笠は尋問の内容を書きだした紙を眺めて追加の質問を考えつつ、白狩に尋ねる。


「狐の嫁入りを近いうちにやる予定があるのか?」


 狐の嫁入り、天気雨の別名として呼ばれる。雲も見えないのに降る雨は、狐が嫁入りをしているため、その姿を人目から隠す目的で降らせているとするものだ。また、夜間に提灯を灯して行列を作る場合もある。

 どちらにしても、狐が人を化かしているとされている。

 折笠は白狩を見る。


「有名な話ではあるけど、人に危害を加えるものでもないよな?」

「当然。あれは、遠く離れた狐の勢力との交流の儀式さ。あたしらは狸共と違って慣れ合わないが、いたずらに争うわけでもない。疑似的な婚姻関係を結んで互いの縄張りを決め、同盟を結ぶだけの儀式だよ。人は関係ないさね」


 白狩は不愉快そうに陰陽師を睨む。


「だがね、近く行われる嫁入りは性質が異なる」

「……性質が異なる? どういうこと?」


 揃って目を逸らす陰陽師がだんまりを決め込むのを見て、黒蝶が質問する。

 白狩は敵意を込めた目で陰陽師を睨んだまま答えた。


「本当の嫁入りなのさ。いつもの疑似婚姻とは違う、本物の祝言だ。野狐になる前のただの狐だった頃から寄り添う二匹の祝言なのさ。それを……それを邪魔する気か、貴様ら」


 強烈な殺気と妖力が白狩から溢れ、陰陽師が悲鳴を上げる。

 黒蝶が冷静に質問を重ねた。


「陰陽師は本物の祝言だと知っていたのかな?」

「知ってるどころか、知っているからこそ邪魔しようって腹らしいぜぇ。高天原参りに向けた妖怪の勢力拡大を阻止する一環だとよォ」


 サトリが陰陽師の心を読んで暴露する。

 三又の尻尾を揺らしながら、白狩が陰陽師を食い殺しかねない勢いで罵った。


「痴れ者がっ! あたしらの慶事を土足で踏み躙るつもりか! あたしらは人間を化かしても襲ったりはせん。古来より、山で迷う者を麓の村まで案内し、助けたことも数多い。その礼がこれか!? あたしらとの戦が陰陽師共の望みか!?」

「ちなみに、狐妖怪は高天原参りに参加するのか?」

「興味がないさね。いや、ついさっきまでなかった。だが、この話は看過できん。あたし程度でも目をつけられてるなら、他の天狐も危ない」


 白狩は殺気を垂れ流しながらも黙考し、陰陽師に訊く。


「他の陰陽師はどこにいる? 標的も併せてすべて詳らかにしな」


 陰陽師が唇を噛んで痛みに集中することで思考を読まれないようにする。そんな彼らの鼻にモンシロチョウが留まった。

 陰陽師が驚いて口を開き、頭を振ってモンシロチョウを振り払おうとする。

 すかさずサトリが心を読み、陰陽師の人数や配置といった情報を抜く。

 どこからか引っ張り出してきたホタテの紐を齧りながら、月ノ輪童子が口を挟む。


「こやつらが帰ってこないとなれば、陰陽師連中も口を割らされると踏んで配置を変えるじゃろ。時間との勝負じゃ。白狩よ、急ぐべきじゃ」

「分かっているさ。そいつらを引き渡しな。あたしが処分する」

「こっちも聞きたいことは聞いたから、持って行っていいよ」


 何か喚こうとした陰陽師たちを無視して、迷い家を出る。社のミニチュアに戻し、黒蝶が回収したころには、白狩と陰陽師たちの姿は消えていた。


「それじゃあ、吉野平の不動滝に向かおうか」


 歩き出しながら、折笠は思う。

 すっかり、荒事に慣れてしまったなと。


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