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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第三章 うつし世の夢

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第五話  白狩

 海岸でアカエイの背中を降りた折笠たちはアカエイに礼を言って別れた。

 目的地である吉野平の不動滝までまだ二十キロメートル以上ある。数時間歩くことになるだろう。


「タクシーを使う手もあるけど、今は人目に触れたくないから歩いていこう。疲れたら言って」


 妖怪の月ノ輪童子や塵塚怪王なら走り通しでもいけるだろうが、大泥渡には辛いだろう。折笠たちと違って半妖化することもできないので人目を避けるのも難しい。

 大泥渡が右手で印を結びつつ、靴の甲の部分に緑色の薬を塗りつけた。


「疲労を軽減する術だ。唐傘たちもいるか?」

「俺はいらないかな。黒蝶は?」

「私は疲れたら蝶になって折笠君にくっつくよ」

「ずるいなぁ」


 そんな話をしながらも、全員が道なりに歩き出す。常人に見えない月ノ輪童子、塵塚怪王、サトリの妖怪組と折笠と黒蝶、大泥渡の人間組で自然と分かれた。

 折笠と黒蝶はあえて半妖化をしていない。大泥渡が虚空と会話する場面を通行人に見られて変な噂が立つのを避けるためだ。

 道なりに歩きつつ、大泥渡から有名な陰陽師家の話を聞く。


「五行家と呼ばれる古い家がある。水之江家はその筆頭の家柄だ」

「五行家ってことは、木火土金水の五行の家があるってこと?」


 大泥渡が頷く。

 五行家は水之江家、金羽矢家、土御門家のみ本家が存続しているが、木枯氏(こがらし)家、火袋口(ひふぐち)家は断絶しているという。


「江戸時代、火袋口家が術の失敗で江戸に大火事を巻き起こして、その咎で廃絶してる。本家筋がなくなっただけで、今でも分家は残ってるけど」

「木枯氏家は?」

「さぁ? 大泥渡家はあまり他の陰陽師家の情報が入ってこないから分かんねぇ」


 いつ断絶するとも分からない大泥渡家が他の陰陽師家から重要視されていなかったことがうかがえる話だ。

 道なりに歩くこと三時間。そろそろ道をそれて迷い家を展開して一休みしようかと、折笠は黒蝶に相談する。


「ちょうど人目もないし、五割くらい進んだところだしさ」

「そうだねぇ。大泥渡君はまだ元気そうだけど、休憩にしようか」


 黒蝶がそういって一羽の迷い蝶を手元に呼び寄せた時だった。

 道の先、横の雑木林から男二人組が飛び出してきた。私服らしいラフな格好の割に夏の日中にふさわしくない厚手の服を着ている。虫対策にしても生地が厚すぎる服だ。

 何かに追われているのか男二人は雑木林を振り返って青い顔をしている。道に出てきた男たちは隠れる場所を探すように周囲を見て、折笠たちに気付いた。


「お、応援の陰陽師か!?」

「若いのに強力な調伏妖怪まで! 助かる!」


 折笠たちだけでなく、月ノ輪童子や塵塚怪王まで見えている。なにより、発言から男二人は妖怪か何かを退治しに来た陰陽師だ。

 そこまで一瞬で理解した折笠は瞬時に半妖化。左右の手に唐傘をもって一息に男二人との距離を詰めた。

 助けを求めていた男二人が顔色を変え、後ろへ跳び退きながら何かの術を発動しようとする。反応は早いが完全に不意を突かれた形だ。


「なんだっ、貴様!?」

「術が発動しない!?」


 折笠の後ろで塵塚怪王が対抗術を発動している。

 折笠の唐傘が右側の男の顎をかち上げ、左側の男のみぞおちを抉る。

 続けざまに、大泥渡が術を発動した。


「――泥土牢」


 道の左右脇から土が水気を帯びながら男たちの脚へと伸びていき、絡みつく。妖力で作られたその泥は男たちの脚を拘束するように絡みつくと霧を残して消えた。

 しかし、術の効果は消えていない。男たちの脚から完全に力が抜け、泥のように力が入らなくなる。

 尻もちをついた男たちの首筋に唐傘を突き付けた折笠は、雑木林に声をかける。


「月ノ輪童子、そっちに陰陽師はいたか?」

「おらんかった。我もこちらで戦えばよかったのじゃ」

「二人だけとは限らないって月ノ輪童子が先に気付いて動いてくれて助かったよ」


 さて、と折笠は男二人を見下ろす。


「ちょうど一休みする所だったんだ。あんたらも一緒にお茶しない?」

「折笠君がナンパしてるー」

「男に興味ないって」


 黒蝶にツッコミを入れて、折笠は各自に指示を出す。


「黒蝶さんは迷い家の展開よろしく。塵塚怪王はこいつらの拘束。サトリはこいつらの心を読んで対策して。月ノ輪童子は俺と一緒に周囲を少し見て回ろう。こいつらがやり合っていた妖怪が気になる」


 塵塚怪王に男二人の拘束を任せて、折笠が月ノ輪童子と連れ立って雑木林に入ろうとした時、雑木林の向こうから声を掛けられた。


「それには及びませぬ」


 がさがさと、雑草をかき分けて三又の狐が現れた。その姿を見た瞬間、陰陽師の男二人が顔を青ざめさせてガタガタと震える。

 三又の狐は陰陽師を一瞥すると鋭い犬歯を見せて嗤う。


「討伐だ、などと威勢よく飛び込んできたろう? なんだい、その様は。肝っ玉も小さくて、喰い甲斐もなさそうだ」


 三又の狐は折笠たちを見回し、首をかしげる。


「だれが頭か分からん集団だね。あたしは白狩。そこな陰陽師を撃退した妖狐だ。身柄を引き渡してもらいたい」


 陰陽師二人が大泥渡を見る。


「た、助けてくれ! 殺される!」

「殺しに行ったら殺されることもあるだろ。で、僕はあの妖狐と殺し合いをする気はないね。だから諦めたら?」

「そんな! お前も人だろう!?」


 後ろで陰陽師がもめているが、折笠は興味もない。

 ただ、この場で引き渡すわけにもいかなかった。


「白狩、悪いんだけど今すぐに引き渡すのは無理だ」

「ほう……?」


 毛を逆立てて臨戦態勢に入ろうとする白狩に、折笠はサトリを指さす。


「いまの陰陽師たちの情勢について探りを入れたい。迷い家に来てくれれば、白狩も尋問に加われるけど、どうする?」

「……よかろ。尋問の後はあたしに引き渡してくれるな?」

「どうぞ」

「半妖の小僧、あたしはそいつらのはらわたを割いて殺すぞ? それでも引き渡すのだな?」

「俺の知ったことじゃないね。みんなもいい?」


 他人の生き死にを左右する立場にあると自覚しながらも、折笠は冷静だった。夢の影響もあるのだろうが、それ以上に知れば知るほど陰陽師たちに同情できない。

 折笠の決定に誰も異論を唱えなかった。黒蝶だけは少し同情するような視線を陰陽師に向けたが「でも敵だしなぁ」と呟く。


「この人たち、半妖を人だと思ってないタイプの陰陽師でしょ? 一番年少の大泥渡君に自然と縋るくらい」

「というか、人のくくりに半妖を入れていたら、白狩と話している俺に命乞いするでしょ」

「だよねぇ。同情できないなぁ」


 遅ればせながら、この集団のトップが折笠と黒蝶だと気付いたらしく、陰陽師二人は顔面蒼白で折笠たちと大泥渡と見比べる。

 陰陽師が妖怪や半妖を従えているのではなく、その下についていることに驚愕しているのだ。

 白狩が呆れたように陰陽師を見る。


「大した情報を持っておらんだろうよ。まぁ、こちらも聞きたいことはある故、迷い家へ案内してもらおうか」


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