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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第二章 旅は道連れ

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第二十三話 茂鳶家

 茂鳶家は県道381号線沿いに歩いて、そこから伸びた私道の先にあった。

 畑に挟まれた道の先にいくつかの民家がある。隣同士の塀は低いが県道側には高い塀が二重にある。親族以外への警戒心もあるだろうが、施されている結界からして対妖怪に重きを置いているのだろう。


「あの塀に触れると妖力を奪われるんだ。注意してくれ」


 母方の実家だけあって大泥渡は茂鳶家の防備を知っているらしい。

 月ノ輪童子と塵塚怪王が垂れ流している莫大な妖力に気付いたのか、塀の中がにわかに騒がしくなった。

 古い妖怪が二体揃っているだけでも大事だが、明らかに陰陽師の家を目指しているとなれば交戦必至。茂鳶家の中は今、急いで臨戦態勢を整えているはずだ。

 態勢が整うまでの二重の塀と結界。それを観察しながら塵塚怪王がすたすたと進み出て、胸の谷間から人型の紙を取り出す。


「昨晩は主様たちに誤解から無礼を働きました。一番槍にて、失態を帳消しにしていただきたく思います」

「気にしてないよ、ちりちゃん」

「温かいお言葉に感謝を申し上げます。では、この働きは道具の有用性を示すものとして――ご覧あれ」


 人型の紙が三枚、宙に浮かぶ。塵塚怪王が両手の指で複雑な印を結ぶと、人型の紙三枚もまたそれぞれに全く別の印を結んだ。


「……空一つ、地一つ、隔てる無粋を許さじ」


 人型の紙が一枚、燃え上がる。その瞬間に茂鳶家の塀に沿って張られていた結界が吹き飛んだ。

 また一枚、人型の紙が燃え上がる。二つ目の塀に沿って張られた結界が吹き飛んだ。

 最後の一枚が燃えると同時に、茂鳶家の屋敷全体を覆う結界が砕け散る。


「参りましょう」


 言葉は丁寧に落ち着いた声音で、振り返った塵塚怪王の顔には褒めて認めてと書いてあった。


「凄い、鮮やかな手並み!」


 空気を読んだのもあるだろうが、それ以上に心から黒蝶が塵塚怪王を褒めて拍手を送る。満面の笑みで嬉しそうにする塵塚怪王の横を一陣の風が吹き抜けた。


「久方ぶりの討ち入りじゃ!」


 走りながら刀を抜き放ち、月ノ輪童子が着物の裾を翻して茂鳶家の正門屋根上に飛び乗る。


「さて、骨のありそうな者は――ふむ」


 獲物を探すように屋敷を見回した月ノ輪童子が眉を顰め、後ろ跳びに折笠たちのそばに戻ってくる。

 てっきり屋敷の中で暴れて敵の気を引くつもりかと思っていた折笠は月ノ輪童子の動きを意外に思った。


「どうした?」

「手薄過ぎるのじゃ。主力が出払っているという動きでもない。こりゃあ、囲まれとるな」


 月ノ輪童子の推測を聞いた瞬間には、すでに折笠は周囲に唐傘を開いた状態でばらまいていた。

 大泥渡が油断なく辺りを見回し、口を開く。


「伯父さん、どこまで読んでたんだよ?」


 答えは畑の中から飛び立って頭上を旋回し始めた鳶が返した。


「芳久が屋敷から消えたと報告があった。手勢を揃えてくると読むのは当然。古い妖怪の二体連れとは思わなかったが、話題の半妖二匹を連れて来るのは読める。ならばそれを出汁に古家に声を掛けもするさ」


 大泥渡が鼻で笑う。


「伯父さんさぁ、底意地悪いし謀大好きな陰険クソ親父のくせしてブラフが下手なんだよ。古家の援軍は引っ張って来られてねぇだろ」

「……実験動物風情が威勢よく吠える」


 図星を突かれたのか、返ってきたのはそんな悪態だった。

 大泥渡が妖力を込めた足で地面を擦り、人差し指と中指を口の両端に当てる。


「――喰らい裂く大口」


 大泥渡を中心に折笠たちはもちろん茂鳶家の敷地までも含む地面に狼のアギトが顕現する。

 半透明の狼のアギトが閉じられた瞬間、左右の畑に二十近い集団が出現する。

 集団を率いているらしい中年の男が半ば呆れた顔で大泥渡を見た。


「馬鹿げた量の妖力に任せて力業か。技術も何もない。やはり、大泥渡は実験動物だな」

「茂鳶、サトリはどこだ?」

「はっ、質を持ってくる馬鹿がどこにいる。隠しておくからこそ脅しの材料になるんだ。芳久、無駄なことはやめて屋敷に戻れ」


 交渉が決裂するのは火を見るよりも明らか。茂鳶が右手を挙げた瞬間に二十人の陰陽師が戦闘態勢に入る。

 四対二十以上。多勢に無勢もいいところだが、予想できていたこと。

 折笠は黒蝶たちの顔を確認する。

 全員が撤退ではなく交戦を望んでいる。

 折笠たちの意思が伝わったか、それとも最初から仕掛けるつもりだったのか、茂鳶は右手を振り下ろす。


「芳久以外は殺して構わん」


 ――殺して構わない。

 つまり、人払いは済んでいる。

 陰陽師たちが一斉に動き出し、攻撃を繰り出すよりも一歩早く、折笠の攻撃が炸裂する。


「見られる心配がないならこれに限る!」


 五メートルもの長さの大唐傘を茂鳶家の正門に振り下ろしざま、地面すれすれで九十度転換、二重の塀を吹き飛ばす。

 大泥渡の目的はサトリの救出。ここにいないなら陰陽師と戦う意味はない。

 質は隠しておくからこそ脅しの材料になる。折笠も頷ける。

 なぜなら、目の前に茂鳶家の屋敷という――質があるのだから。


「殺されたくないけど、殺したくもないので、壊していこうか!」

「迷いが一切なくって素敵だよ、折笠君!」


 折笠もそうだが、おそらく黒蝶も普段より攻撃的になっている。

 今朝の夢が尾を引いている。


「クソガキいぃいぃぃ!」


 大泥渡への煽りとは違う、本気の怒りから罵声を飛ばした茂鳶が折笠を指さす。


「最優先で殺せっ」


 一斉に陰陽師の攻撃が放たれる――はずだった。


「急に優先順位を変えられたら迷っちゃうよねぇ」


 優美に微笑む黒蝶が呟くのと同時に、陰陽師の攻撃のほとんどが折笠たちから反れて見当違いの方へ飛んでいく。折笠たちを左右から挟んでいたことが仇となり、陰陽師が三人ほど同士討ちで吹き飛ばされて昏倒した。

 ふわりふわりと飛んでいた小さなルリシジミ蝶に陰陽師は誰も気付けない。

 折笠が色とりどりの蝶を描いた大小さまざまな唐傘たちをばらまく。


「大泥渡君はサトリを探してきて。俺たちはこの屋敷をぶっ壊して回るから」

「お、おう、あんたらを味方にしてよかったよ……」


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