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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第二章 旅は道連れ

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第二十二話 大泥渡家

 大泥渡家は子宝に恵まれない血筋だ。

 鎌倉時代以前に興った古家でありながら大泥渡家には分家がないほど、後継ぎ問題が深刻だった。

 せっかく生まれた子供に霊感がないこともしばしばで、他の家から嫁や婿を取っては何とか存続する。術すら継承できるか不安な大泥渡家は他の陰陽師からもあまり重要視されず、発言力も低かった。


 そんな大泥渡家が数より質を求めたのは当然の流れだ。

 入り婿、入り嫁に奪われないよう妖核を用いる術式や式を完全に捨て置き、自身の妖力のみで発動する数々の術式を研鑽する。自身の妖力を高めるために縁起を担ぎ、世代を重ねるごとに当主の妖力は高まっていき、反比例して縁起に縛られ自由がなくなった。


 大泥渡家現当主、大泥渡芳久(おおどとよしひさ)も生まれた時から縁起担ぎにより自由を奪われた。

 寝る際の頭の向きに始まり、廊下の歩き方は踏む場所まで指定され、他家から派遣されてきた陰陽師たちに四六時中監視される。縁起担ぎで妖力を高める大泥渡家の在り方はある種の実験として他家の陰陽師の注目を集めていたからだ。

 生まれた時からこの生活を営んできた芳久が疑問を抱くはずもなかった。

 十歳を迎え、病没した先代に代わり家督を継いだ芳久の下に一匹の妖怪が訪ねてきた。


「石仏より自由が利かねぇじゃん。窮屈そうで笑えるわ」


 リス猿のように小型の猿に似た姿のサトリは手を叩いて笑う。そんな笑い声に反応して陰陽師が駆けつけてくる気配が一向にない。

 無言の刻、芳久は縁起担ぎで声を上げることができず、人を呼べない。そもそも、部屋の前にいるだろう陰陽師が飛び込んでこないのは妙だ。


「おいおい、俺様はサトリだぜ? 人の心を読めるんだ。警備の隙をつくなんて朝飯前だっての」


 サトリ曰く、部屋の前の陰陽師は居眠りしているらしい。

 実践で使えない二流、三流の陰陽師が派遣されているのだ。さもありなんと芳久は納得する。

 芳久は実戦経験がなく、作法を教わっていない。縁起を担いで戦うことができない。

 それは、好きに動けるということでもある。

 サトリが笑う。


「おっ、良い顔じゃねぇか」


 サトリはまた手を叩いて笑う。


「俺様はよ。人間が自由を求める様を散々見てきた。だから、生まれつき自由のない籠の鳥はどんな酷い様かと見に来たんだが、お前も人間じゃねぇか!」


 サトリの軽口に取り合わず、芳久が術具を手に取る。その時にはもう、サトリは部屋の窓から外へ飛んでいた。


「また来るぜ」


 その言葉通り、サトリは翌日の夜に顔を出した。その翌々日にも、四日後にも、その次の日にも。気まぐれではあるが頻繁に芳久の部屋を訪れた。

 最初の内こそ祓おうとしていた芳久も、このサトリに害意がないと理解せざるを得ない。何より、サトリの話で自分の境遇がいかに異常なのかを理解してしまった。

 別に陰陽師としてのこだわりがあるわけではない。芳久はたまたまこの家に生まれただけだ。

 なにより、芳久自身が薄々気付いていた。


 ――縁起担ぎにはたいして意味がない。


 実験とばかりに他家が提示した縁起担ぎまでも組み込んでいった結果、効果がないものが多数混ざっている。妖力を高められるかどうかは実践している芳久が一番理解できていた。

 サトリが土産として持ってきた炭酸ジュースを初めて飲んでむせたり、漫画を読んで感想を言い合ったり、そんな陰陽師と妖怪の奇妙な関係が続いた。

 芳久はサトリに自由を教わったのだ。


 一年、二年とすぎて、芳久は大泥渡家の実権を掌握する。家の差配を取り仕切っていた母方の親戚、茂鳶家を追い出し、芳久は意味のない縁起担ぎを排除していった。

 まだ中学生の芳久の改革は反抗期として片づけられ、大泥渡家を体のいい実験場にしていた他家の陰陽師が介入しようとするも、芳久は一顧だにしない。


 所詮は実験場だと他家の陰陽師が介入を諦める中で、茂鳶家だけは違った。

 大泥渡家は古家である。その家柄自体に新家である茂鳶家は価値を見出していた。

 突然反抗的になった芳久の背後を探り続けた茂鳶家はついにサトリを発見し、これを調伏する。

 サトリを人質に、大泥渡家を乗っ取るために。



「――という状況だ」


 少年陰陽師、大泥渡芳久の説明を聞いて、折笠たちの反応は一つだった。


「陰陽師って面倒くさい」

「僕もそう思う」


 当事者の大泥渡もあっさり認めるくらいだ。先ほどの話でも語っていない部分がいくつもあるのだろう。

 霊道の宿を出て陰陽師、茂鳶家へ向かう道すがらの短い話とはいえ、大泥渡がサトリを助けたい事情は分かった。

 塵塚怪王は未だに疑いの目を向けているが、彼女の場合は陰陽師全般に不信感を持っているので仕方がない。とはいえ、塵塚怪王も協力するつもりはあるらしい。


「調伏されているサトリを解放する術は大泥渡氏が行使するのですか?」

「そのつもり。大泥渡家は昔から他家による乗っ取りを警戒していたから、対陰陽師の術式もあるんだよ」


 ただ、母方の実家であるため情報が流出している可能性もあるという。

 塵塚怪王が折笠に目配せする。いざという時は代わりに解放の術を使ってくれるのだろう。折笠は無言で頷き返した。

 黒蝶が月ノ輪童子に声をかける。


「茂鳶家って強いの?」

「我に聞くんじゃな」

「大泥渡君が本当のことを言うとは限らないから、一番詳しそうなのは貴方かなって」

「本人の前で言ってやるな……」


 大泥渡を一番気遣っているかもしれない月ノ輪童子が苦笑して話すところによると、強い部類の陰陽師家らしい。

 個々の強さは新家の中で中の下といったところだが、分家が多く人海戦術を用いる。加えて、妖怪に対して強い敵愾心を持つ家でもある。


「半妖に対しても手心を加えないと聞く。用心せい」


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― 新着の感想 ―
[一言] 半妖に対して手心加わったことありましたっけ…… 月ノ輪童子も別に、侮っているとは思ってないんでしょうけど。 大泥渡君は貴重な陰陽師に染まってない陰陽師なんですねえ。 実力の方は、いかほど?…
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