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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第二章 旅は道連れ

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第十九話 敵討ち

 足の裏、草鞋と足袋を通して霜の感触がする。

 ザクザクと霜を踏みしめる。

 木枯らしが髪を揺らす。この道行きにただ死を望む。

 ――死を。


「許さん」


 絶対に、許さない。奴らを殺しても、自身が死しても、この思ひは晴れない。

 陽に当たり緩んだ霜が腹立たしい。

 ぐちゃりと泥霜を踏み見下ろして、朝日を仰ぐ陰陽師に、言い放つ。

 覚悟もなく、術具を構え、震えるそれらに――


「迎えるからには、死する意味を理解しているな? ならば問答は無用。賑やかに、死出の旅路と洒落込もう」


 何かを言いかけた、愚か者の頭を潰す。唐傘を振り下ろした程度で頭が消えたそれを一瞥する。

 腑抜けている。

 大勢は決したと、あとは内輪の権力闘争だと、そう高をくくったのだろう。


「愚か者が……」


 操られて立場を得た有象無象に興味はない。操っている輩を殺したい。

 この愚か者を操ろうと糸を引く輩を――殺したいのだ。

 威勢よく飛び込んできた若輩者の陰陽師の頭を吹き飛ばし、進む。


「怯むな、震えるな。かかってこい。逃げても地の果てまで追いかけて殺すぞ。ここで私を止めねば、お前も一族も死ぬぞ」


 腑抜けている。

 私の言葉がただの脅しだと思っている。

 ……ふざけるな。


「表の戦乱が終わったからと安堵したか? 私如きも止められずに、安堵したのか!? 約定破りの痴れ者め。終わったと、勝ったと、そう誇るのならば態度で魅せろ! 私如きを力でねじ伏せてみせろ! 勝者を気取れ! 勝盃はここにあるぞ?」


 自らの首を叩いて煽る。それでも、陰陽師は尻込みするばかり。

 腑抜けている。

 時代が変わったと思っているのだ。妖怪と半妖と陰陽師が作る裏の時代に生きている自覚がない。

 約定破りを、この痴れ者共は治世のためと居直るつもりだ。

 許さん。

 ――絶対に許さん。


「高天原参りは陰の政。只人には妖怪も半妖も見えぬ。それゆえに、高天原参りにおいて表、陽の政が関わらぬ。そう約定したはずだ。なぜ破った?」


 痴れ者の繰る戯言は聞くに堪えない。

 何の反論にもなっていない。


「陰陽師だというのに、言霊すらも知らんのか。己を正当化しようといくら繰り言を並べようが、積みあがるのは嘘ばかりだ。銅鏡を磨くのは得意だろうに、なぜ、己が姿を見ようとせんのだ?」


 頭が悪すぎる。

 誰が一番悪いか、一番の責任を負うべきか……そんな話はしていない。


「……お前の罪が他に比べて軽いとして、責任がないとして、だから何だというんだ。お前に罪があると認めているのだから、死ね」


 唐傘を横に薙ぐ。頭を吹き飛ばすだけのつもりが、咄嗟の防御もできない木偶であったらしく、くるぶしより下しか残らなかった。


「もっと罪が重い者がいる? それも殺そう。だから安心して死ね。よかったな、罪を漱ぐ記念すべき二人目だ。閻魔に誇ればよい」


 馬鹿馬鹿しい。

 だからこそ、腹立たしい。

 この程度の有象無象に興味はない。


「佐竹ではないだろう? 絵図を書いたのはどこの郎党だ?」


 約定破りをした陰陽師はどこの輩か。

 そいつらを根絶やしにしなくてはならない。首を晒してやらなければ。


「口ごもるか。力のある家か」


 どこのどいつだ。伴天連の人売り共か。妖怪の存在すら認めないあの連中ならあり得ないとは言い切れない。ただ、伴天連ならもっと慎重かつ姑息に立ち回る。

 今回のやり口は腐った人間のモノだ。思想に被れた宗教家の夢想でなせる話ではない。

 慎重で、姑息で、腐った欲に突き動かされる人間の仕業だ。実態はどうあれ、自らを正義と信じる夢想家、宗教家の手口ではない。


 嘘を口にすれば首を刎ねる。そう言外に示して唐傘を突き付ける。

 陰陽師はがちがちと歯を鳴らしながら辛うじて言葉を紡ぐ。


「――下……」


 言い切る前に、陰陽師が目を回す。口からこぼれる泡に赤いものが混ざり始めたかと思うと、支えを失ったようにこと切れた。

 呪詛の類で口封じをされたのだろう。


「しも……?」


 どうせ死ぬなら、最後まで言い切ればいいものをと、こと切れた陰陽師の死体を蹴り飛ばす。


「しも、下……下総国か?」


 妙だ。

 表ならともかく、裏で手を出してくる連中ではない。そもそも、家の名ではない。


「見落としている。そうだな。そもそも見ていない何かがある。……どうでもいい話か」


 目の前の屋敷は家人諸共砕く。

 この屋敷を皮切りに、すべてを砕き、殺し尽くそう。

 きっと、その中にいるはずだ。

 ――仇が。


 唐傘の柄を握りしめる。

 きっと、仇討ちは叶わないだろう。

 そうと理解していても、気持ちが収まらない。


「あんな死に方があってたまるものか……」


 戦乱の世だ。非業の死などいくらでも転がっている。

 実際に見てきた。夢を摘んできた。悲願を踏み躙ってきた。

 対峙してきた妖怪も半妖も、命を賭ける夢と願いをもって、全身全霊で戦ってきた。

 顔も名前も戦い方も、すべて覚えている。あの妖怪や半妖の願いを聞いている。


 ヒュンと、横に振り抜いた唐傘が空気を鳴らす。

 顔も名前も知らず見えない、協定破りの卑劣漢がすべてを踏み躙った。その卑劣漢が高天原で天津神に願いを叶えてもらうなど、絶対に許されてはならない。

 ぐちゃり。赤い液体に溶かされた霜は土と混ざり、聞き苦しい悲鳴を上げる。

 生者も死者も、陰陽師がみな訴えかけている。

 ――お前が仇だ。お前こそが死ぬべきだ。必ず、我々の縁者がお前を殺す。


「ははっ、やってみろ。必ず貴様らの末期の念は成就する。私も、日ノ本すべての陰陽師を殺し尽くせるとは思っていないさ。……今世ではな」


 輪廻転生、蟲に生まれようとも、必ず陰陽師に仇なす。そう、魂に刻み込んだ。


「唐傘お化けを侮っていたのだろう? 覆す。覆してやる! 降りかかるすべてを遮ることが我が本懐! 来世こそはこの本懐を必ずや遂げてみせる!」


 晴れる。陽が照る。

 霜が溶け、泥を踏み、唐傘で日陰を作る。


「来世は立ち回りを誤るなよ?」


 鼻で笑って言うそれは、自嘲を含んでいた。


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