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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第二章 旅は道連れ

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第十七話 旅は道連れ

 月ノ輪童子の盃は事前の説明通り、祠の霊道の中にあった。

 霊道は石畳の一本道。左右に榊の林がある。

 霊道の奥に土蔵があり、その中にいくつもの道具が置かれていた。月ノ輪童子の盃はそれらの道具の最奥、神棚に飾られている。

 この屋敷の陰陽師がどんな考えで神棚に盃を置いたのか。無礼があったら滅ぼされると本気で怖れたからこそ、祟り神のように祀ったのかもしれない。


 盃は有田焼でわずかに青味がかった白の肌に三日月が描かれている。簡素ながらも品の良い焼き物だ。

 紙で丁寧に包んで割れないように保護して、折笠たちは霊道を出た。

 霊道の出入り口の祠には塵塚怪王が待っていた。


「おかえりなさいませ」


 恭しく、塵塚怪王が折笠と黒蝶を出迎える。

 塵塚怪王の態度に関しては思考を放棄して、折笠は質問する。


「ただいま。そこの本がこの屋敷の?」


 塵塚怪王の隣にはダンボールに収められた書物や巻物があった。見るからに古びたそれらは、折笠が塵塚怪王に頼んだものだろう。

 この屋敷に住んでいた陰陽師たちの記録である。


「はい。数は多いのですが、高天原参りに関する記述がどれほどあるか分かりかねます」

「持って行って大丈夫かな?」


 窃盗にならないかと心配しつつ巻物に手を触れた瞬間に納得する。

 妖力がないと見えない類のものだ。

 塵塚怪王が複雑そうに頷く。


「只人が触れていい世界ではありませんから、この家の陰陽師共も持ち出された方がまだ納得がいくでしょう。本来は他の陰陽師家が回収するものですけれど」

「なんで他の陰陽師はここの家を放置してるんだろう。結界があるから安心してるのかな」


 結界ごと放置するくらいだ。もしかすると、他の陰陽師家とも交流が途絶えているのかもしれない。

 屋敷を後にして、尾行に注意しながら向かうのは月ノ輪童子が待つ霊道の宿だ。


 道すがら、塵塚怪王から話を聞く。

 塵塚怪王曰く、彼女は大正時代にはすでに自我を持っていた。しかし、結界の影響で身動きができず、妖力を発することもできなかったため陰陽師たちに気付かれることがなかったらしい。

 むしろ、次から次へと使い古しの陰陽術具が捨てられていき。身動きも取れないまま妖力ばかりが増えていく。捨てられた術具の記憶も取り込み、彼女は陰陽術を使いこなせる妖怪となった。

 なんとも恐ろしい話だ。

 彼女は一切の実戦経験がないまま折笠と黒蝶を襲撃し、圧倒したことになる。


「そこは、陰陽術具から変じた妖怪ですから、妖怪や半妖と戦う術は本能で理解できますので」

「ちなみに陰陽師相手でも戦えるの?」


 黒蝶が興味本位に質問すると、塵塚怪王はとびっきりの笑顔で頷いた。


「根絶やしにしたく思います」

「質問に答えてないよ、それ」

「あら、申し訳ありません。気持ちが急いてしまって……」


 持ち主の意思に沿えなかった不明を恥じて、塵塚怪王は表情を暗くする。


「意気込みは先ほど申しあげたとおりですが、実際に戦うとなれば良くて相打ちといったところかと」

「意外と弱気なんだね」


 相手の手の内を知り尽くしているのはかなり大きい。絶対に勝てるとまでは言わずとも、もっと強気な言葉が返ってくると思っていた。

 折笠と黒蝶の顔を見て、塵塚怪王は胸の谷間から人型の紙を取り出す。


「例えば、この式紙ですが、人間に対しては威力がありません。陰陽師たちが同士討ちを避けるために研鑽を重ねてきたからです」

「人間の陰陽師相手には効果がない術がたくさんあるってこと?」

「はい。規模の大きな術であれば否応なく巻き込めますが、使用する妖力も多く乱発はできません。申し訳ありません」


 自らを道具だという塵塚怪王にとって、自分が役に立たないと話すのは辛いことらしい。

 だが、折笠も黒蝶も特に気にしなかった。


「陰陽師の手の内が分かるってことは、呪いへの対抗もできる?」

「はい。それは問題ありません。呪詛は人間同士でも使用されますので、解呪は可能です」


 自信満々に断言する塵塚怪王に、折笠と黒蝶は安堵する。

 天狗の無説坊に掛けられた呪いなど、陰陽師は折笠たちが対抗手段を持たない遠隔攻撃ができる。それを無力化できるのは非常に心強い。

 いざという時に頼れる相手ができた。たとえ書物に高天原参りの詳細が書かれていなくても得るものがあった。


「あ、そうだ。塵塚怪王は高天原参りについて何か知ってる?」


 書物を集めてもらっただけで、塵塚怪王自身が何か情報を握っている可能性を考えていなかったので、折笠は質問する。


「申し訳ありません。儀式は知っていますが、詳細までは……」

「そうか。陰陽術具が関わる儀式ではないのかな」

「えぇ、その点だけは断言できます。陰陽術は高天原参りの儀式に関係がありません。あの儀式は、妖怪と半妖にだけ参加権がある儀式ですから」


 塵塚怪王の断言に、折笠は黒蝶と視線を交わす。

 陰陽師が高天原参りで妖怪の撲滅を願わない理由は謎だった。その答えの一つが、先の塵塚怪王の言葉にある。

 陰陽師に儀式への参加権がないのだから、願いを叶えることができない――とも言い切れない。

 参加権を持つ妖怪や半妖を調伏して意のままに操り、願いを叶えることはできるかもしれない。


「唐傘お化けの半妖が高天原参りの成功者。無説坊の話が事実なら、折笠君が狙われてるのって、代わりに願いを叶えてもらうため?」

「どうかな。殺そうとしてきたんだから、保険の意味合いが強いんじゃないか? むしろ、本命は墨衛門たちが警戒していた二人組だと思う」

「前例に拘る必要はないもんね。だとすると、イジコと面霊気の半妖二人組が本命ってことかな。支援を受けているとすれば、厄介だね」


 相談していた折笠は所在なさそうにしている塵塚怪王に気付く。

 塵塚怪王は寂しそうに顔をうつむけた。


「申し訳ございません。話についていけず……」

「ごめんごめん。俺たちの置かれている状況も含めて、一から説明するよ。ちょっと長くなるけどね」


 霊道の宿まではまだだいぶ距離もある。到着前には説明できるだろう。


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