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半妖はうつし世の夢を見る  作者: 氷純
第二章 旅は道連れ

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第十四話 ボロボロの女

 陰陽師の家と聞いて立派な日本家屋を想像していた折笠は、目の前の想像以上に立派な屋敷に何とも言えず渋い顔をした。

 この大きな屋敷が今や無人の廃屋だという。かなり古い屋敷だが、歴史的な価値はないのだろうか。もったいないという気持ちばかりが湧き上がる。

 隣で黒蝶は興味もない様子であくびをしている。まだ空は暗く、日付こそ変わっているが深夜といっていい時間帯。丑三つ時よりなお早い。


 月ノ輪童子の話では、この屋敷の裏手に祠があるらしい。その祠は霊道になっており、妖力がなければ入ることができない。しかし、その霊道には結界が張られ、妖怪が入ることもできない。

 つまり、妖力を持つ人間である陰陽師か、妖怪であり人間でもある半妖しか入れない空間だ。

 防犯対策はばっちりだと思うが、もはや家主一族が生きていないため役割を果たせていない。


 折笠は屋敷の裏手へ歩き出す。すでに半妖化しているため只人には見えないのだが、屋敷の表から堂々と入る気にはなれなかった。


「我ながら小市民だなぁ」

「私は大胆不敵よりも親近感がわくよ」

「ありがとう」


 黒蝶と共に塀に沿ってぐるりと裏手へ回る。ついでに屋敷に張られているという結界も観察しておく。


「昔は有名な陰陽師の家だったらしいけど、そんな雰囲気はないな」


 結界が張られているのは肌感覚で分かる。だが、簡単に破れそうだ。

 術者の血筋が滅んだため、ほころびが生じているのだろうか。


「折笠君、大河堰の妖核を砕いて妖力が増したでしょう? その影響だと思うよ。私はちょっと近づきたくないもん」


 確かに妖力は増したが強くなった自覚がない折笠は納得しにくい。

 罠でも張られてないかと警戒しつつ、屋敷の裏門を乗り越えて中に入る。


「どうなるかなっと」


 右手に作り出した唐傘の先端で思い切り結界を突く。

 意外にも強度はなかなかのものだった。十回、二十回と突いてようやく罅が入る。

 しかし、自動で迎撃してくるわけでもなく、勝手に修復されるわけでもない。時間はかかるが折笠でも壊せる結界だ。

 拍子抜けだな、と折笠は裏門の上に胡坐をかいて、雑に唐傘で結界を突き続ける。キツツキにでもなった気分だ。


「ねぇ、これってもしかして月ノ輪童子に襲撃された時の時間稼ぎじゃないかな?」


 結界が壊れるのを待つだけの黒蝶は暇だったのか、考察を話し始めた。折笠も暇なので耳を傾ける。


「鬼をなます斬りにできちゃう月ノ輪童子相手に半端な迎撃は無意味だと思うの。だから、結界の強度をひたすら上げて、籠城するつもりだったんじゃないかな」

「それが正解だとすると、この無駄に広い敷地も見方が変わってくるんだけど」


 屋敷そのものも入り組んでいて死角が多いが、庭もよく分からない位置に大岩が置かれていたり、邪魔にしか思えない位置に庭木が植わっている。

 もしかすると、結界を破られた後も一族総出でこの屋敷に隠れ潜み、隙を見て逃げ出そうと考えての設計かもしれない。

 月ノ輪童子を相手にかくれんぼと鬼ごっこだ。よほど怖かったんだろう。


「豆まきも盛大にやっただろうね」


 黒蝶がくすくすと意地悪く笑った時、結界が音を立てて崩れた。ガラスでも割るような感覚で、耳障りな音に折笠は思わず顔をしかめる。


「手早く済ませよう。この家と付き合いのあった陰陽師が結界の崩壊に気付いて様子を見にくるかもしれない」

「そうだね。夜も遅いし、早く終わらせてお昼まで寝たい」

「同感――」


 黒蝶に答えた瞬間だった。

 屋敷の敷地の端で何かの気配が膨れ上がった。

 鳥肌が立つ。

 気配の種類が墨衛門や月ノ輪童子と同種の、古い妖怪の気配だった。莫大な妖力がまき散らされ、気配の主がこちらに意識を向けたのが本能で分かる。


「黒蝶、俺の後ろに!」


 自分の身はもちろん周囲も守れるように直径三メートルの巨大な唐傘を作り出す。開いた状態でバリケードのように構えたその唐傘に衝撃が走り、ずたずたに引き裂かれた。

 唐傘に何かがぶつかったのだと理解するよりも早く、高速で駆けてくる気配に気付く。

 敷地の端から何かを雑に投げただけで、折笠の唐傘を破壊した何者かが迫ってくる。

 守りに特化した折笠の唐傘を一撃で破る相手。実力差は歴然だ。


「これは手に負えない。撤退を――」


 撤退させてくれるほど優しい相手でもない。

 屋敷の屋根に人影が降り立つ。


 月明かりに照らされて、ボロボロの着物をまとった女が一人。陽を浴びたこともないような白い素肌が穴の開いた着物のあちこちから見えている。

 埃だらけの灰髪を振り乱し、憎悪と殺意をじっくり煮込んだようなどす昏い瞳で折笠と黒蝶を見下ろす女。

 人の形をしているが、気配が明らかに妖怪だ。墨衛門と同等の妖力を纏っているのに加え、人間ではありえない身体能力で音もなく、二階建ての屋根から庭に降り立った。

 陰陽師の家にいていい強さの妖怪ではない。

 なによりも、その風体が異様だった。

 ボロボロの着物の穴から覗くのは女の素肌だけではない。使い古しの陰陽術具らしきものをあちこちに身に着けている。


 最初は封印か何かをされていた名残かと思ったが、様子がおかしい。

 女妖怪が胸の谷間に挟んでいた人型の紙を取り出して宙に放った。

 空中に浮く人型紙が夜空へ昇っていく。

 明らかに陰陽術だ。

 古い妖怪並みの妖力に加えてなぜか陰陽術まで使えるらしい。

 女妖怪は夜空高くで人型紙が燃え上がって灰になるのを見て、憎悪と殺意を募らせた視線で折笠たちを射抜く。


「主人の居所を吐け。死にたくないならな」


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