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「でもなあ」
美形の怒声に内心ビビっている私とは違い職業柄慣れているのか、店主はいい天気ですねと言われたようなテンションで会話していた。
「そんな事言ってもお前、戦闘力だめだめじゃん。家事も出来ねえし、愛玩も嫌なら何も価値ねえぞ」
「くっ…」
「そんなだからお前、あの店であんな扱いされてるんだろ?」
「……」
「一端にプライドがあるのは立派だけどよ、お前は奴隷なんだ。このまま反抗し続けたら死ぬぞ」
え。
「…でも、たとえ殺されるとしても、心まで殺したくない」
「あのな〜」
「あの!」
目の前の美貌でぼやっとしてたら物騒な単語が聞こえた。
「ああ、お客さんの前でする会話じゃなかったな。すまねえ」
「いえ、別にいいんだけど、殺されるって何?」
いくら奴隷階級でも殺人はこの世界でも犯罪だと記憶している。
「まあドラゴンさんならいいか。奴隷はな、ある程度の人権を持ってはいるが、実情はまだその持ち主の権利の方が強いんだ。理不尽にその命を奪うのは御法度だが、その奴隷をどう使うかは主人の自由。剣闘、家事、愛玩その用途を決める権限がある」
「……」
「そして奴隷は主人の言う事を聞くから対価としてメシが貰える。だから言う事を聞かない場合、持ち主が世話をしないのは正当と見做されるんだ」
「え、その場合もしかして」
「ああ…言う事を聞かない場合は主人が奴隷を見殺しにしても罪にはならない」
「!!」
奴隷制度を正直舐めていた。支配されるということは自由を奪われる事だ。この世界の奴隷は職業選択の自由がない。見てくれの法律はあるが、実体は違うというやつか。
「こいつは家事不得意で戦闘力も高くないから、もう残された用途が愛玩くらいしかねえんだよ。それを今いる店で拒み続けてるから、もうあまり世話されてねえんだ」
「……」
「正直愛玩としても見てくれは普通だが、とりあえず店の方針に従っときゃメシは貰える」
「うるさい。誰が従うか」
「お前なぁ…昨日借りに行った時、お前死にそうだったじゃねえか」
「うぅ」
何も言い返せず、悔しそうに唇を噛む人外さん(仮)。その様子を見るに自殺願望は無いようだが、絶対愛玩にはならなそうだ。
「まじで死ぬぞ」
「…でも、それでも絶対嫌だ」
「ならうちに来ますか?」
小さい子を宥めるかのような店主に頑なに断る人外さん(仮)。私が提案すると、まるで私の存在を忘れていたかのように驚く彼に、オイと思いながらも店主に向き合った。
「私が今日買ってしまえば解決だよね?」
「ん? ああ。まあそうだな」
「なら買う。手続きよろしく」
「いいのか? まあいいか」
「ちょっと待て!」
店主と二人で個室に入ろうとすると、檻の中から叫ばれた。
「私は貴様の愛玩奴隷になんてならんぞ!」
「はいはい。それでいいですよ」
「決して奉仕などするものか! …ん?」
「ちゃんと武人としてお招きしますよ」
「え」
私の目的は一緒にいてくれる人を探すことだ。恋人になってくれたらそりゃもう嬉しいけれど、まだお互いを知らないしお金で無理矢理従えても後々悲しいだけ。
物騒なこの世界で、絶対私を裏切らない味方が欲しい。ただ隣にいてくれればそれでいい。
「本気か?」
「うん」
「…私の剣術はランクDだぞ」
「まあ私が強いので別にいいんじゃないですか?」
「?」
あんなに強気だったのに、急に自分のマイナスポイントを言ってしおらしくなった人外さん(仮)に首を傾げる。
強さが正義のこの世界において、自分の弱さを示す事は屈辱にあたる。
元々戦闘力は期待してないし、ある程度自分で身が守れるならラッキーくらいの感覚だ。
「がはは! いいじゃねえか。お前の嫌いな愛玩奴隷にならずに済んだんだから。よし、気が変わらねえ内にさっさと手続きするか」
「痛いよ」
バシバシ私の肩を叩く店主の手を払いのけて、私達は隣の部屋で彼の購入手続きを行った。契約内容、契約紋の説明、料金の支払いなどを終えた頃には1時間くらい経っていた。
「…本当に私を買ったんだな」
「? うん。今日からよろしくね」
説明を受けた後、人外さん(仮)が檻から出ていた。不思議なものを見るような目で私を見下ろす。対して私は人外さん(仮)の黒く光る首輪を見つめていた。
これは奴隷に付ける特別な物で、主人の命令に背いたり危害を加えようとすると激しい痛みが襲う代物らしい。このおかげで奴隷は主人に絶対背く事が出来ないのだ。私の命綱だが魔法文化恐ろしや。
「帰りながら貴方の生活必需品を買ってこうか」
「買ってくれるのか?」
「ご主人様だからね」
歩きながら会話していると、急に隣りの歩みが止まった。
「どうしたの?」
「いや」
ぐぅうう。
「!」
「いや、これは…! 昨日までほぼ食べてなくて! 昨日も胃が受け付けなかったから少量の粥しか食べてなくてだな…!」
顔を真っ赤にして焦る彼は随分可愛らしい。今まで不機嫌そうな表情しか見てなかったので余計にだ。けれどさっきの会話からきっとプライドが高いと思うので、ここで指摘するのは可哀想だろう。
「そうだね。じゃあ何か食べれるものを買ってこう。買い物は明日にしようか」
でもなんだか人形みたいな彼も人間なんだなあと思うと少しホッとして笑ってしまった。私が笑った事に気づいて少し悔しそうにしてたけど、それ以上は墓穴を掘ると思ったのか何も言わなかった。
「…第3ストリートのミートパイが食べたい」
「パン粥も買うけど、食べられそうならそれも食べようか」
「……ああ」
「私はデザートも食べたいなあ。何があるかな?」
「…第7交差点のコケモモゼリーがうまいらしいぞ」
「じゃあそれも買っていこう」
「…うん」
店を出た時は猫みたいに警戒されていたが、最後にゼリーを買った頃には全部荷物を自主的に持つ程には気を許してくれたようだ。