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仕事が予想より大分早く終わったので、お土産に何か買って帰ろうと市場を回っていたらルカを見つけた。この混雑の中彼を見つけるなんて私凄い、とご満悦してたら信じがたい言葉が聞こえてくる。普段は温厚が売りの私だが、ルカへの侮辱につい一般人相手に詰め寄ってしまった。横からルカに止められたが、本人は見当違いの事を言っていて思わず脱力してしまう。
それと同時に、今までどれだけ酷い環境で過ごしてきたのだろうと思った。その言葉は自分を蔑ろにしているか、この程度では傷付かない程過酷な場所にいたということだ。
……まあ思い出して楽しい記憶じゃないだろうから聞かないけれど。知りたくなる気持ちをグッと抑え、とりあえず荷物を半分奪った。
「! ミサキ!」
「手、繋ぎたいから荷物は渡さないよ」
「……仕方ないな」
主人に荷物は持たせられないと言われる前に、言葉を封じる。実際筋力がそれなりに向上しているので、このくらいの重さはどうってことない。荷物を持ったのは手を握って疑似デートっぽい雰囲気を味わいたいという下心もあるが、欲を言えば抱きしめたかった。
彼は自分に無頓着過ぎる。身分や今までの環境がそうさせるのかもしれないけれど、もう少し自分を大切にして欲しい。そんな想いから抱き着きたかったのだが、それは契約違反になるので我慢する。手は嫌がらないと日々の暮らしで確認済みなので問題無い。徐々にこっそりレベルアップしていきたい所存である。
そんな私の心情は知らずにルカは溜め息を一つ吐き、青い顔の店主から品物を受け取り会計を済ませる。ちらちらとルカと繋がれた私の手を見る彼に、私はにーっこりと笑顔を向けておいた。
このまま大通りを通って家に帰れば、明日には噂が回っているだろう。
竜喰いが自分の奴隷を大層溺愛している、と。
「とあるお貴族様がお前をお呼びだとよ」
「はあ~?」
あれから数日後、ギルドで新しい依頼があるか確認していたところ、また個室に呼び出された。内容デジャブか?
「断る」
「じゃあ、キャンセル手続きしておけ」
「……指名依頼で来たの?」
「ああ」
王族は一概には言えないが、貴族は別だ。彼らが直接冒険者に権力を振りかざす事は出来ない。まあ、公爵や侯爵レベルなら伝手次第でその限りじゃないんだけど、それ以下の身分階級だとギルド経由でたまに指名依頼が入ることがある。勿論受けるか受けないかは冒険者次第。それがギルドの特権だ。だから依頼者は報酬を詰んで魅力的に見せる事で、仕事を受けてもらおうと画策する。
「何これ。依頼内容書いてないんだけど」
「まあ貴族相手ならよくあることだ。直接話したいんだろ」
「無し無し。絶対碌な事ないよ」
「はいよ」
そう言って貰った指名依頼をキャンセルする。私は別に金に困ってはいない。それに報酬欄に珍しい物も無いので惹かれなかった。そして何よりも依頼内容が明記されておらず、ぼかされているので面倒事の予感しかない。
拒否申請に署名をすれば、次はギルドマスターが別の紙の束を投げてきた。
「これは?」
「いつものやつだ。ついでに言うともういくつかある」
「うーわ。燃やしていい?」
「止めろ。一応伝えるが、高位貴族から数件来てる」
「……一応確認するけど、内容は?」
「貴族との婚姻の打診だな」
「婚姻っていうか私の魔力が欲しいだけの愛人契約でしょ……」
これらは定期的に打診されるので今更驚きはしないが、おそらく昨日の青狼の件でまた催促してきたんだろうな……。魔法属性は子に引き継がれないが、実は魔力量は遺伝する確率が高い事が分かっている。つまり私が産む子は火と風の魔法が使える可能性はほぼゼロだが、膨大な魔力を持つだろうと言われている。そのため、王や貴族は私の子供を欲しがっている。王様は国力増強に。貴族は一族繁栄の道具にするために。
しかしどうひっくり返っても私は平民。マナーとか面倒だし、子供を政治に利用されるなんて真っ平だ。そもそも産むかすら今の私には分からないしねぇ。というか貴族の愛人文化がマジ無理だ。
「却下だよ却下」
「はいはい。でも気を付けろ。最近きな臭いから」
「……分かった」
「またお前に指名依頼だ」
「…………」
数日後、あの仕事内容不明の怪しい貴族から同じ依頼書が送られてきた。嫌々ながらも一応中身を確認するが記載内容は変わらず、報酬額も変化無しだった。
「……嘗められてるのかな」
「まあ貴族の中には相手がS級冒険者であっても、身分至上主義の奴らは沢山いるからな」
「ますます面倒事の予感しかない。断るわ」
「それがいいな」
厄介なことに、ギルドマスターが言う通り私がいくらランクの高い冒険者であっても、下に見る者はいる。王様や上級貴族は戦力が高い者の重要性を理解しているので表立って対立することは無いが、中流貴族は違う。
今まではこのようにギルド経由のルートでしか関わってこなかったから気にも止めていなかったが、この依頼書から伝わる感じ……少し厄介な相手かもしれないな。
「まーたまたお前に指名依頼だ」
「しつけえええええ!」
ビリィッ! と豪快に依頼書を破り捨てる。依頼するのも手間だと思うのだが、相手は大分粘着質なようだ。しかも報酬額は変わらないままだし、ケチ臭い奴なのだろう。こういうタイプの人間は非常に厄介だ。まず会話が通じない。普通ならより魅力的な見返りを用意するか、体面を気にして何度も同じ指名依頼はしてこない筈なのだ。
王様や高位貴族ですら私やギルドに気を遣うのに、この依頼主は遠慮が無い。むしろ自分より下位の者は従って当然だよな? と会ってもないのにひしひしと感じてくる不快感。絶対関わりたくない人種である。
「鬱陶しい……」
「でも実害を受けたわけじゃねえから、俺たちとしては何も出来ねえな」
「そうなんだよねぇ」
そこが厄介なのだ。この貴族は同じ依頼を何度も出してきてはいるが、何か危害を加えてきたわけではない。だからギルドとしては依頼を受け、慣例通りに指名された本人に受諾有無を確認する、という作業をしなければならないのだ。指名依頼は受ける受けないに関わらず、大きな額じゃないけど寄付金という名目のお金が掛かる筈なのだが……そろそろ諦めてくれないかな。毎回付き合わされる私たちの身にもなってくれ。
「この手の輩は絶対何か仕掛けてくるぞ」
「うん。だから私もここ最近警戒してるんだよね。家も強化…………リッカ?」
言いかけて、ふと止まる。
「ミサキ?」
「――ルカッ!!」
北東の方角から、何やら強く呼ばれる感覚がした。少しひんやりするこの魔力は、多分リッカ。
――ルカとリッカに何かが起きたんだ!
「あ、おい!」
ギルドマスターの言葉に答える余裕はなく、私は転移門の携帯魔術具を起動した。リッカがいる方向に直に飛んでいくより、一度家に転移した方が早い。
「……っ、無事でいて……!」
転移魔法特有の歪む景色に酔わないよう、目を瞑る。瞼の裏には、ルカとリッカと私が笑顔で食卓を囲む、いつもの光景が映っていた。




