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世界に三人しかいないS級冒険者。その武力は一人で万の戦士以上の戦力に匹敵する。
そのうちの一人は一撃でドラゴンを倒し、山を切り開き、空をも自由に駆け回る。敵になれば領土を焼き払い、空から奇襲をかける人間兵器と化すだろう。科学の無いこの世界では、それはどれだけの脅威だろうか。しかし逆に味方につければこれ以上心強いことはない。国が喉から手が出るほど欲しいと思うのは仕方がないことだ。
だが一騎当千以上の働きをするS級冒険者が欲しいのは他国も同じ。力とは時に権力や欲望に形を変えて、最悪戦争に発展することもある。権力者の力尽くでの囲い込みは冒険者本人の意思は勿論、突発的に発生する魔物の脅威に対して、直ぐに実力者を派遣出来なくなるという世界的な治安面でのデメリットがある。だからこそ後ろ盾のない冒険者やその恩恵に預かる一般人を守るため、そして実力者が不本意に一つの国に独占されないようにという役割を担うため、ギルドという機関が存在するのだ。
……まあ、一人例外がいるんだけど。それは特殊な事例なので除外する。
だからこの国での私の爵位は、あくまで飾りでしかない。けれどただの称号といってもお互いにメリットはある。
国は私に自国の爵位を持たせることで実力者に友好的に思われている国という印象を他国に持たせ、それがある程度の威信になるらしい。……私にはそれの何が良いのかさっぱり分からないけれど。
そして私側のメリットとしては、この国に滞在している時は準男爵の範囲での権利を行使することが認められている。……今のところまだ使ったことは無いのだが。
勿論、爵位はこの国を出たら再度入国するまで無効となるし、国も私の名は使えない。だからこそ国はなるべく居心地を良くして長く私に滞在してもらおうとするし、その間優先的に私に片付けて欲しい仕事を依頼する。
それにこの関係は悪いことばかりではない。この前転移門の権利を得たように、この国のトップと交渉出来るのは大きな利点でもある。私が下位の爵位なのに王様と直接面会できる機会があるのはそのためだ。このように、持ちつ持たれつの関係を私たちは維持している。
……だが、今回の話はそのラインを超えている。
「中立であるはずのギルドが、何で国の言うこと聞いているの」
「確かにそうですね」
「何故なのですか? ギルドマスター」
私の質問に他の職員たちも同意する。当然だ。ギルドに所属している者は国に縛られない独立した存在。それはS級に限らず、全ての冒険者やギルド職員に言えること。私にその権威が通じてしまうのならば、他の組員も国に逆らえなくなってしまうだろう。
勿論ギルド側も冒険者や職員に対して強制力は持っていないので、従わせる権利はない。なので本人が国に仕えたいと言えば、送り出してくれる。だからこそ、各国は欲しい人材がいる場合は一生懸命勧誘をする。それを受けるか否かは本人次第。ギルドは後ろ盾ではあるが軍隊ではない。所属することでいくつかの義務は生じるが、個人の自由を奪う事は決してないのだ。
「……やっぱそうだよなあ」
私たちが詰め寄ると、ギルドマスターは大きな溜め息を吐く。どうやら彼は始めから言う事を聞かせるつもりは無かったらしく、笑いながら頬杖をついた。
「まあ、そういう打診があったってことだ。一応伝えとかねえとネチネチ言われて面倒くせえからな」
「いや、言われた時点で断ってよ」
「無茶言うな。ギルドは独立機関だと謳っていても、結局は貴族と平民だ。本当に無理難題でない限り、門前払いは出来ねえのよ」
「はぁ……」
「ま、奴らには『断られました』って言っておく。お前の答えは分かってたけど、体裁として聞いただけだ。許せ」
現役時代はソロの力でA級冒険者と言われていた男が、片手を顔の前に挙げてスマンと年下の女に謝ってくる。その表情は笑顔だが、眉はハの字だ。なんだか組織のトップは大変だなと少し同情してしまったのでこの話は流そう。
「分かった。王様にはそう伝えておいて。私はどんなにお金を積まれても、制約の多い『国属』にはならないって」
「おう。悪かったな。今日はお前に頼みたい依頼は無いから、小遣い稼ぎしないなら帰っていいぞ」
「帰るわ」
「だろうな」
ギルドマスターの提案に、基本ぐうたらしたい私は帰宅することを選択した。一瞬で先程までの雰囲気は拡散し、いつも通りの空気に戻る。職員二人もトントンと書類を揃え、既に退出の準備を始めていた。
こういうギルド特有のカラッとした関係性、いいよなあと思う。
さて、私も切り替えて。昨日の分含め、今日はルカとリッカと一緒にキャッキャウフフして癒されようっと。