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「ま、とにかく今日は私帰るから、みんなは楽しんできてね~」
「えええ」
「まあ本人がそう言うならしょうがないよね……」
「今度は一緒に飲みましょうねぇ~」
「…………」
不満がりながらも送り出してくれる子たちと別れようとすると、慌てて貸した魔石を返してきた。すっかり忘れてた。別に返さなくていいのに。
「ああ、あげるよ。それ」
「?!」
「はあ?!」
「えええぇぇ」
「!」
元々私は失ったら困る物を人には貸さない。それに彼らは良い子たちだし、別に魔石を渡してもいいと思ったからこその発言だったのだが。四人は仲良く目を点にして絶句した。同じリアクションするなんて本当仲良いね。
「正気ですか?! 貰えませんよ!」
「そうだよ! これ一つでBランクパーティーの二ヵ月分の稼ぎになるよ! バカなんじゃないの?!」
「流石にこれをタダで貰う程厚かましくないですよぉ」
「…………(ハァ)」
「ツヴァイ君とアルバ君、何気に辛辣じゃない?」
暴言と溜め息を吐いた二人に注意するも、みんなが差し出す魔石に指を当てて素早く魔術式をいじくった。
「ああ……!」
「早っ」
「……所有者書き換えましたねぇ」
「…………」
魔石には野良のものと、専門店で所有権を登録したものの二種類がある。野良は誰でも使える魔石。魔術式を書き込んだものは所有者とその許可を得た者だけが使える魔石。まあ、早い話が防犯用だ。
魔石とは一般的に高価である。故にそれを奪おうとする者が後を絶たず、一昔前まで盗難やそれに伴う犯罪が多かったらしい。その対策として、魔石を手に入れたら刻印師と呼ばれる専門職の人に所有権を掘ってもらうのが一般的となった。
掘ってもらうといっても最初の魔術式のみで、利便性の視点から所有者と使用者の書き換えは持ち主であればいつでも出来る。
「これは今日のお礼だから受け取って欲しいな」
それでも返そうとする彼らに、にこりと笑って一歩離れた。
「何を言ってるんですか。お礼を言うのはこちらの方ですよ」
真面目なリーダーノーリ君が納得いかない顔でそう言う。
「あはは。そんな君たちだからこそ、受け取って欲しいんだよ。大丈夫、ちゃんと報酬はギルドで渡されるからこれは個人的なプレゼント」
「そんな事心配してません」
もう私が魔石を受け取る気が無い事を察しているノーリ君だが、高価な魔石を四つもポンと渡す私に不満そうだ。それでも、私は彼らに渡しておきたい。
「分かってるよ。でも、私は君たちを気に入っているから。だから貰って欲しいんだ」
「?」
私は彼らが好きだ。勿論誠実な人柄、着実に仕事をこなす実力など好ましい。それに少なからず私を慕ってくれているのを知っているので、その気持ちに悪い気はしないしむしろ嬉しいものだ。
だからこそ、魔物が蔓延るこの世界で無事でいて欲しいと思っている。お互い立派な冒険者だ。過保護に心配するのは失礼にあたる。だけど死が当たり前にあるこの世界は、昨日まで一緒に飲んでいた仲間が次の日いないなんてことは普通にあるのだ。
ずっと付き添うことは出来ない。せめて自分に出来る事は何だろうか。そう考えた時、私にあるのは無限の魔力。丁度この世界において、魔力とは魔法を使う者にとっては貴重な資源。だから、私だからこそ出来る最低限の支援と言えば、魔石を渡す事かなと思ったのだ。いざという時、せめて魔力不足に陥るような事にはなって欲しくない。だから魔石を渡した。
「共にいる事は出来ないけれど……いつも『君たちの無事の帰還を願っている』よ」
「!」
この言葉は略式だけど、親しい人に贈る無事を願うおまじないだ。私が毎朝ルカとしている習慣もその一種。
「……そこまで言っていただけたなら、断るのは失礼ですね」
その意味を理解している冒険者である彼らに、私の言葉は響いたようだ。急にしんと静まり返り、そして左手を胸に当てた。
「有難く、頂戴します」
「うん。受け取ってくれてありがとね」
無理矢理渡したのも同然なのに、相変わらず礼儀正しい彼らに笑ってしまった。
「さあ! 魔石の話はもうおしまい! ギルドに帰ろー」
「まったく……強引なんですから」
「魔石を下位冒険者に押し付ける人、初めて見たよ」
「S級冒険者は規格外なんですかねぇ」
「…………(じー)」
わいわいと軽口を言われながらみんなでギルドへ向かう。文句を言う割に、大事そうに握り込まれる魔石を見てホッとする。受け入れてくれたようでよかった。
「……ありがとうございます」
「まさか俺たちをこんなに気に掛けてくれてるなんて、ちょっと嬉しいかも」
「張り切り過ぎて危険を侵さないでよぉ。ふふ」
「…………」
私の心配とは裏腹に、実は想像以上に喜ばれていたことは知らなかったがとりあえず依頼達成!