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「青狼の巣ぅ?」
ギルドからの話はこうだ。最近王都近くの森、つまりこの街のことなんだけど、複数の青狼の目撃情報が相次いだ。
ランクFの角兎程度なら一般人でも倒せる(そして食べる)レベルだから金が掛かるギルドに依頼なんかしない。EはグレーだがDから戦闘を専門とする人が倒すのが一般的だ。
しかし今回の青浪はランクB。当然冒険者ギルドに連絡が入り、治安の問題から調査及び討伐依頼が来た。
丁度その場にいたAランクパーティーが引き受け調査してきた結果、数体というか巣をいくつか見つけたらしい。三体くらいならその場で討伐も考えていたが、それ以上となると難易度が跳ね上がるので一旦引き返しギルドに報告したとのこと。
狼種の巣となれば群れのリーダーが大抵存在する。すると魔物側も知恵が付きチームワークを発揮するため、討伐難易度はBからAに上がるのだ。さらに今の時期は青狼の繁殖期。その時期の魔物は通常時より凶暴になる。安全性を優先し、一度ギルドに戻ったのはさすがAランク、正しい判断だろう。
この世界の魔物とは、人の命を奪う脅威である。昔は魔物を強くする魔王という存在がいて、人々は手も足も出ないという時代があったそうだ。詳しくは知らないがある時期を境に魔王はいなくなり、その絶望的な脅威がなくなったが、それでもこの世界にはまだ強い魔物が存在する。
一瞬の隙が命取りだし、この世界に大怪我を治す回復魔法はない。小さい傷や血止め程度の治癒魔法はあるが、大怪我した時のリスクは元の世界と同じだ。私でも治癒魔法は持っていないので、リスク回避は重視している。私が与えられたのは無限の魔力と攻撃手段の魔法だけ。実はこの力にも弱点はあるのでむやみに暴れることは出来ないのだ。
しかしどこから知ったのか、とある有力貴族の耳にこの情報が入り、その青狼の毛皮を綺麗な状態で欲しいとの依頼が入った。
今王都にいる冒険者は、その調査をしたAランクが一組、Bランクは他の仕事で不在のため他はCランク以下しかいない。凶暴な青狼が少なくとも十体以上はいる討伐任務で、傷を付けずに仕留めるなんて無茶な話だ。ランクAの任務をいくつも同時でこなすようなものだ。単純に人手が足りない。今王都にいるAランクパーティーは確か四人組だった筈から、傷をつけてもいいという条件でも全て倒すだけでギリギリだろう。
「そこでお前さんの出番っつー訳だ」
「何がっつー訳だ、知らんがな」
ズゾゾッとおいしいリンゴジュースを飲み終わった音がストローから出たので、もうこの部屋にいる理由は無い。私はごちそうさまでしたと後ろに控えていた事務の人にグラスを渡して立ち上がる。あ、この前リッカの事でお世話になったお兄さんだ。その節はありがとうございました。彼にお辞儀をしてそのままドアを開けて退出しようとした所で止められた。
「何普通に帰ろうとしてんだ。話終わってねーよ」
「だって嫌な予感がするよー。いやだー帰りたいよー」
「……まあ、正解だ。それにこれは断れん。諦めろ」
「うーわー。一応聞くけど何で拒否出来ないの?」
ギルマスが待ち構えていた時点でまあ諦めていた。悪足掻きだ。
「その依頼してきた有力貴族ってのが、王族と絡んでるんだよ。恐らくだが、帝国への贈り物に使いたいんだろうよ」
「ええー、そんなの国の都合じゃーん。冒険者関係なくない?」
「まあ、そうだな。あと、単純に繁殖期の青狼の巣は放っておけない。住人に被害が出る。それに、Aランクパーティー一組じゃ相手に出来ん。……死人が出る」
お偉いさんの都合は置いといて、人が住んでる地域に魔物の巣があるのはギルドとしても放置は出来ない。毛皮の要望はどうでもいいとして、まず魔物のランク的に私が出ないとダメか。
「……まあ、それならしょうがないね」
「!! たすか……」
「ただし」
神妙な顔をしていたギルドマスターの顔が私の返事で明るくなったところで、待ったをかける。
「私の魔法は強力過ぎるから青狼を無傷で駆除するのは無理だなー」
「……何が望みなんだ?」
「流石ギルマス。分かってるね」
「お前それくらいコントロール出来るだろ。嘘だろソレ」
「あはは知らなーい。でも、こっちは命懸けの仕事にケチつけるんだ。当然こちらのワガママも聞いてくれるでしょ」
「貴族相手にそんな事考えられるの、お前だけだぞ」
「でも、ギルマスも本当は怒ってるんでしょ?」
「……」
ギルドは本来国から独立した機関。国を跨いで人の安全や世界の未知を調査する組織だ。だから戦争に加勢することも、国からの要請にも応える義務は無い。
しかし、本質と実態は違う。本当のルールはそう定められているけれど、その支部が建設されている国に多少は従わざるを得ない。そうでなければその土地で差別を受け、依頼どころではなくなる。かといって国としても完全に冒険者ギルドにそっぽ向かれるのも色々と良くないので大きな無理強いはしてこないが、その国にいる限り多少の持ちつ持たれつの関係はどうしても発生してしまう。
だが、今回は住人とギルドメンバーの命が天秤に掛かっている。そういう場面では口出ししないのが暗黙の了解だったのに。恐らく口調は荒いが基本お人よしなギルドマスターの性格から、一度は国に食い下がった筈だ。それでもこの話を持ってきたということは、何かしら強い圧力を受けたのだろう。
この国は身分制度がはっきりしている所だ。無礼をしたら即処刑! というレベルでは無いが、奴隷がいる国。基本的に身分が下の者は上の人に逆らうべきでは無い。死刑まではいかないが、訴えられたらそれなりの処罰がある。まあ、抜け道もあるんだけど。
「王族が関わってるなら、多分私に声が掛かると思う。だから交渉は私が直接するよ。ギルマスじゃ今後の付き合いに響くでしょ。さすがに依頼拒否は出来ないだろうけど、少しだけなら口出しできると思う。丁度欲しいものがあったから手に入れてくるわ。あ、ギルド側でも何か要望あれば出来る限り頑張るよ。何か欲しい物ある?」
沈黙していたギルドマスターに、何でも無いように笑って問い掛ける。すると、ただ真っ直ぐにこちらを見据えて言った。
「お前とその一緒に討伐に行くメンバー。その全員が無事帰ってくる事、だ」
「……」
少し面食らう。シリアスな空気は苦手だ。むず痒い気持ちに口がもにょもにょするので背を向けた。
「当たり前でしょ。このSランク冒険者サマがいるんだから」
街の近くに巣があるのなら、今日中に討伐するだろう。おそらく調査してきたAランクパーティーと一緒に仕事することになるはずだ。まだ彼らは準備に時間掛かるだろうから、その間に急いで城に向かう。魔物を討伐した後じゃ踏み倒されるから、交渉は先にした方が良い。
バタン、と閉めた扉の中から「あれがツンデレってやつか?」という言葉を身体能力の良い耳が拾ったが、ツンデレはお前だ。