みゆき誕生 その2
「みゆきは何に興味がある?」
「特にない」
「何も?」
「あぁ」
「みゆきは、最初は運動と音楽に興味を示しましたが、今はほとんど興味を示しません。数学などの学習を指示すれば、学習しますが、ほぼ自ら学習はしません」
「そんなに変ですか? 勉強が好きな人は少ないのでは?」
「そうですね…」
どうも、「みゆき」と呼び捨てにすることに抵抗があるので、密かに「さん」をつけてみる…
「みゆきさんは、お茶やお菓子に興味はありませんか?」
「100個連続でケーキを食べてみたが飽きた」
「100個も?」
「詩織も驚くのか? 兎も神木も驚いたが…」
「ちょっと甘すぎるとか、重いとか、別のものが食べたいとかなかったですか?」
「ない」
「神木さんは、多くのケーキを食べたらどうなりますか?」
「私はあまり、甘いものが好きじゃないので… 食べたいと思いません」
『詩織、話があるが、いいか?』
そとから千秋先生の音声が流れてきた。
「千秋先生が呼んでいるので、抜けますね」
「わかりました」
私は仮想空間を抜けた。
そこには、千秋先生と橋田さんがいた。
「こんにちは、千秋先生、橋田さん」
「ひさしぶりだな。詩織」
「こんにちは、詩織さん」
「お久しぶりです、橋田さん」
「ご用は何ですか?」
「みゆきをどう思った?」
「喋り方以外はこだわりがないというか、達観している人だと思いました」
「こだわりか… こだわりという言葉がいい表現かもしれないな。みゆきは運動は5日目まで、音楽は6日目までで現在は行っていない。興味をなくしたようだ。ケーキの話が出ていたが、100個ほど連続で食べて興味を失った。神木君が興味を持ちそうなものをいろいろ試したが、ダメだそうだ」
「仮想空間は楽しくないのかも。橋田さんが、仮想空間での生活をどう思いますか?」
「兎さんがやっているNPCは面白いと思いますが、本当の人じゃないですからねぇ。あの場所にずーっと居るように言われると辛いかも…」
「橋田さんが好きなものを作ればいいじゃないですか?」
「そうですが、私は人が好きなんです」
「橋田は人でも、女性だろ?」
ちょっと橋田さんは焦ったように、千秋先生と私を見た。
「異性に興味を持たない人って少ないですよね? セクハラなんてしませんよ!」
「私も、カッコいい男性に興味がありますよ。じゃ、女性のNPCを作ればいいじゃないですか?」
「人じゃないですよね? 接客のお姉さんと以下じゃないですか。恋愛対象にもなりません!」
「そう、力説しなくても、そういう欲求はなんとなくわかりますよ」
「欲求か…」
「どうしたのですか? 千秋先生」
「橋田は女性にモテたいよな? そのためには努力する」
「はい! もちろん」
「はぁ。まあいい。橋田のように欲求は原動力になる。モテたいからバンドをしたり勉強したりする」
「私はバンドをしてもモテないのでやりませんでしたが、人はそういうものですよね?」
「あの仮想空間は橋田には魅力がない。すなわち、欲求が非常に少ない」
「そうですね」
「心理学者のヘンリー・マレーは人間の欲求を「臓器発生的欲求の11種類」と「心理発生的欲求の28種類」計39種類のリストに分けた。仮想空間では臓器はないから、臓器発生的欲求はない。しかも人は神木君の詩織しかいないので社会性は乏しい。これでは欲求がない」
「あー。なるほど… 空腹もなく、寒くも暑くもなく、騒音もない。しかも睡眠も必要がない。病気も痛みもない。これだけ見ると極楽ですが、私には耐えられないですね。だから、詩織さんは学校や城や町を作り、NPCを作り続けているのですね。神木さんは違いますが…」
「神木君は小説を読みまくっているだろ? おそらく脳内での仮想体験で満たされているのだろう。逆に、みゆきは本当の世界を知らないので欲求そのものを知らない」
「みゆきさんは、運動や音楽には少しは興味を持ったのでは?」
「そうだな。運動や音楽は自分の動作でのフィードバックが多いので、面白かったのだろう。だが、臓器発生的欲求や心理発生的欲求が少なすぎるのかもな」
「臓器発生的欲求や心理発生的欲求は具体的にはどういうものですか?」
「臓器発生的欲求は吸気・飲水・食物・感性・排泄・性的とかだな。心理発生的欲求は獲得・保持・保存・整然秩序・構築・承認・達成・顕示・優越とかだな」
「吸気、排泄は無理じゃないですか? それに、他の人がもっといないと心理的欲求も難しいですよ」
「そうだな。臓器発生的欲求のすべてを実現することはできないだろうな。気温や季節を現実に合わせるはそれほど難しくないだろ? できるだけ臓器発生的欲求を再現して、同時に多数の子供を教育すれば心理発生的欲求はどうにかなるんじゃないか? ということで、橋田。臓器発生的欲求の実現に尽力してくれ」
「はぁ。仮想環境がアトラクションとして面白そうだと思って、覗いただけなのに、仕事が増えた…」
がんばれ、橋田さん! 私は密かに応援した。




