河野さんは低性能
「明人君、まず、詩織の携帯からアルジャーノンを外してくれ」
「わかりました」
河野さんは端末を操作して、私の携帯からアルジャーノンを外した。
「千秋さん、アルジャーノンを外しました」
「千秋先生、アルジャーノンが高性能ということですけど、どう高性能なのですか?」
「そうだな… アルジャーノンは詩織の要求に応えているということが高性能ということだ」
「く、あはははは。確かに、僕では詩織さんの要求に応えられない」
私は笑っている河野さんを睨んだ。
「笑わなくてもいいじゃないですか! どういう意味ですか」
「このリストを見てくださいよ」
河野さんは端末をディスプレイに表示した。ディスプレイには表が表示され、時間、質問、回答の一覧がある。
「? もしかして私がアルジャーノンにした質問? 要求と回答?」
「そうです。おすすめのスイーツに関する部分に絞ると、タルトだったり、チョコレート系だったりしますよね」
「それが?」
「状況が同じで、答えが違う離散データはニューラルネットの学習が難しいのです」
「だって、毎回同じじゃ嫌じゃないですか? でも、どうして学習できないのですか?」
「例えば、小さければ軽く、大きければ重いと学習するじゃないですか? そこに風船が現れたら、大きいから重いと思うじゃないですか。でも実際は軽い」
「風船だもの軽いですよね?」
「それは、風船は軽いから大きくても軽いと知っているからです」
「それは、学習が足りないからですよね」
「そうとも言えますね… 線形だと予測できるけど、線形から外れると予測が効かないんだけど、説明が難しいなぁ」
千秋先生が、しかたがないなぁという顔をして話始めた。
「詩織、詩織は『毎回同じじゃ嫌』と言ったろ?」
「はい」
「『毎回同じ』を表現するためには、前回に何を食べたのかを覚えておく必要があるよな?」
私は頷いた。
「前回、『タルトだった』という条件が必要だろ? でも、条件はそれだけじゃなく、詩織は今日は暑いから冷たい方がいいかとか、昼食を軽くしたからちょっと重めのスイーツでもOK?とか、むしゃくしゃしているからいっぱい食べるとか、考えないか?」
「もちろんです」
河野さんの顔が驚いている。『そんなに条件があるのか?』とでも考えているのかな? なんか腹がたつ…
「前回のスイーツだけでなく、気温や食事の内容が次に食べたいスイーツの条件になっている」
「はい」
「詩織にとっては当たり前でも気温、湿度、前の食事の内容、気分が条件だがそれをニューラルネットの入力にするのは難しい」
「どうしてですか?」
「入力が固定できないからだ。例えば、15時にタルトを要求されたとする。すると15時はタルトと学習する。次の日の15時はタルトが要求されると思ったら、チョコレートムースを要求されると15時以外の条件があったかもしれないが何が条件かはわからないだろ?」
「昼が軽かったからチョコレートムースがいいと言えば、昼の食事内容を条件にできますよね?」
「そうだな。でもニューラルネットには難しい」
「ニューラルネットって脳細胞をモデル化したのですよね? できるのでは?」
「超単純化したものだ。この入力なら答えはこれというように、入力と出力を固定して学習する。詩織は、昼の内容も条件って気づいたら昼の内容も条件にすればいいだけと考えているだろうが、もう一度学習をし直す必要がある」
「学習し直すだけですよね?」
「そう、学習し直すだけなんだが… 例を変えよう。詩織は自転車に1日で乗れるようになったな。時間にすると3時間で数十回の試行ってところだな。しかも、坂道や石や車に遭遇しても、すぐに対応して、転ばないだろ?」
「そりゃ、そうですよ」
「ニューラルネットに学習させると、数万回は学習して自転車に乗れるようになるが、その後坂道が出てくると運転できない。だから、坂道の条件を足して数万回学習する。また石とかの別の問題が出るたびに数万回学習する。人は初めての坂道に遭遇すると転ぶかもしれないが、すぐに対応して転ばなくなるだろ? 学習効率が人間の方が桁違いにいい」
「なるほど。じゃ、ニューラルネットはどうして効率が悪いのですか? 人と同じ学習方法にすればいいじゃないですか?」
「人がどう学習しているかを簡単な数式に落とすことができていないから、ニューラルネットに適用できない」
「そうなんですか!?」
「で、やっと話が戻るが、アルジャーノンはニューラルネットなので、学習には時間がかかるが、アルジャーノンは数回で詩織の要求を学習している。すなわち、人並みの学習効率があるから高性能ということだ」
「…わかりました。もう一つ重要なこともわかりました」
「なんだ?」
「アルジャーノンは女子の対応はできるけど、河野さんは女子の対応ができないから、河野さんはアルジャーノン以下の学習能力ということが…」
「あはははは。確かに」
「詩織さん、ひどいです…」
うん。仕返しはこのぐらいでいいかな。うふふ。




