仮想空間ネイティブ
私はヘッドマウントディスプレイを外した。
「橋田君、明人君、来てくれ」
橋田さん、河野さんが来て、座った。
「びっくりしましたね、イメージするだけでお茶とケーキを出すなんて」と河野さんが言った。
「いや、メイク道具の方がびっくりですよ。今まで仮想空間に出したことがないだけじゃなく、3Dモデルもなかったですから。詩織さんはどうしてあの箱がメイク道具が入っている箱だとわかったのですか?」
「え? あー。あれは私のメイクセットを入れている箱と同じだから。たぶん中身も同じじゃないかな?」
端末からアラーム音が鳴り、橋田さんが端末を見た。
そして、端末を操作してディスプレイに仮想空間を映した。
ソファーに座ったり、立ったり、座面を触ったりしている…
さらに、体重をかけては首を傾げたりしている…
「兎さんがソファーを改造しているみたいです…」
「何をどう改造しているんだ?」
橋田さんが端末を確認している。
「座る場所の材質と座面の素材を変更しています。座り心地を改造している?」
兎さんが満足したようにソファーに座り、神木さんを見てソファーの座面をパフパフと叩いた。
そして、近くで見ていた神木さんがソファーに座って何か話している。
「兎さんは、満足した出来になったみたいで、神木さんに『どうです?』と言っているようですね」
「詩織さんは良く分かりますね」
「だって、私だもの。うちのソファーの硬さは絶妙なの! あれを再現できたのね」
「触ってイメージするだけで改造できるし、イメージできるものは仮想空間に出せるということか…」
「ほんと、びっくりですね」
「河野さん、どうしてびっくりなんですか? 仮想空間なんだから、なんでもできるんじゃないですか?」
「人工脳モデルと仮想空間は繋がっていますが、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の5感として接続しています。直接ネットには接続していないのです」
「端末が仮想空間に出せるんだから、繋がっていますよね?」
「それは、そうなんですけどねぇ。詩織さんは、メイク道具の箱大きさを正確に言えますか?」
「メイクボックスの大きさですか?」
私はメイク道具の箱が目の前にあると思い、手で持った大きさを河野さんに見せた
「このくらい? 20センチ? 30センチ?」
「詩織さんは、メイク道具の箱を正確にイメージできているかもしれませんが、20センチか30センチか正確には言えない。この状態では3Dモデルはできないので仮想空間に表示できないのです」
「そうなんですか? とりあえず出してイメージに合う大きさに微調整すればいいだけでは?」
「そんな簡単ではないのですが…」
「詩織、今想像したメイクボックスには中身は入っていたか?」
「いろいろ入っていますよ」
「違う、メイクボックスを想像したときだ。中身のことを考えていたか?」
「当然入っているとは思いますが… そう言えば、中身までは考えていないですね」
「兎が出したメイクボックスは中身が空っぽじゃないか? 橋田、調べてくれ」
橋田さんは端末を操作しながら、「今は消されているので、面倒ですね…」と呟いた。
「千秋さんの想像通り、中身はありませんね」
「兎が自分のメイクボックスと思い込んでいるということは、メイクボックスを開けるとメイク道具が入っていると思うぞ」
「そうですかね? 開けて入っていなくてがっかりするじゃないですか?」
「そんなことないですよ。メイクボックスにはメイク道具が入っているに決まっているじゃないですか?」
「な、詩織がそう思い込むということは、メイクボックスを開くとメイク道具が入っているはずだ。これは、すごいな。しかし、神木君は兎のようにできないようだが、どうしてかな」
「思い入れが足りないからじゃないですか?」
「神木さんは3Dモデルを作ってから仮想環境に置く作業をしていたので、それ以外では置くことができないという固定概念が出来上がっていると思います」
「えー! 私も橋田さんの仮想空間の作業を見ているので、知っていますよ」
「でも、仮想空間なんだから、なんでも置けると思っていますよね?
「…はい。でも、なんか常識知らずと言われた気がします…」
「違いますよ。ある意味、兎さんは仮想空間のネイティブ世代というところでしょうか?」
「ふむ。なるほどなぁ。最初からネット接続がある世代と旧世代との差のようなものか」




