仮説(前編)
「河野さん、これってドッキリとかではないですよね?」
「私もこの部署に配属された時にはドッキリかと思いましたが、いまだに『ドッキリ成功’』って看板をもった人が出てこないので違いますよ。…いや、千秋さんなら長期のドッキリを仕掛けるかも…」
河野さんが思考の淵に沈んで帰ってここない…
「河野さん。あのう。河野さん!」
「あ、すみません。なんでしょうか?」
「端末って私のものを利用できませんか?」
「セキュリティ上無理ですが、どんなものを利用したいのですか?」
「Macです」
「なら、設備室で支給できるかもしれませんよ。早速行きましょう」
設備室はすぐそばだった。
「すみません。文さん、こちらに新しく配属された神木公人さんがMacを使いたいらしいですが、支給できますか?」
「やあ。初めまして、坂本文です。君が神木君か」
「初めまして、神木公人です。よろしくお願いします。私を知っているのですか?」
「ゲスト端末を利用しているだろ。どう利用しているかはモニターしているんだよ」
「やっぱり」
「? どうしてそう思った?」
「セキュリティがかなり高いことと、負荷をかけた時のプロセスのCPU使用率が上がりきらなかったので、プロセス表示に何か細工していると」
「ほぉ。で、隠しているのがモニタープログラムだと判断したのか… 神木君いいねぇ。うちで働かない?」
「はい?」
「兼務だよ」
「他の部署の『雑用』も仕事と聞いていますが、兼務可能かは上司と相談します」
坂本さんは少し嫌な顔をして、「上司って桃華か。無理だな… でも雑用か…」と呟いた。
「で、Macかい? iPadじゃなく?」
「Macです。できれば、英語キーボードで…」
「Macは英語キーボードを指定する人が多いから、用意しているよ。US配列ならそのノートだな」
「はい。これで問題ないです」
「じゃ、ちょっと待ってユーザ登録するから。管理者権限は与えるので、アプリもインストールできるけど、制限あるからね」
「分かりました」
お礼を言って河野さんと部屋に戻った。
早速、Macの設定っと… いつも使うアプリを入れ、河野さんに審査時の各種データをもらった。
データを見ても、脈拍が同期しているかどうかがわからない。なぜわかったんだろうと思っていたら、「何かデータが変ですか?」と声をかけられた。
「いえ、千秋先生が脈拍が同期していると言ってたじゃないですか? 脈拍なんてみんな一緒でしょ?」
「脈拍は人それぞれで違いますよ。しかもタイミングまで一致は非常に珍しいと思いますよ」
「このデータをどう見ればわかるのですか?」
「離散フーリエ変換を利用して適合率を出すんだよ。適合率を出した結果はこっちにあるよ。脈拍は適合率が高いから、適合率が99.99%以上で一途とすると2例あったんだよ。その2例が症状の改善があった患者だったんだってさ」
「99.99%ですか!?」
「そうだけど、千秋さんは一致していることを審査の最中に気づいていたらしいよ。で、裏付けを依頼されたんだ」
千秋先生は審査中に気づいていた?そんなそぶりはなかったと思うけど… 河野さんは全てのデータの適合率を計算したのか… ここの人って超優秀だよね…
「離散フーリエ変換ですか。河野さんは数学が専門ですか?」
「私は情報処理が専門だよ」
「医学系かと思っていました」
「だって、医学の知識は千秋さんがずば抜けているよ。千秋さんの考えが正しいかをデータ側から補完するのが私の仕事だよ」
「…どうして最初に適合率の情報を渡していただけなかったのでしょうか?」
「千秋先生に止められているからだよ。審査で注目した内容がわかると、視点が広がらないかららしいよ。でも、神木さんが仮説を出すための情報解析は手伝っていいと言われているので、どういう情報が欲しいか言ってくれれば、解析するよ」
「ありがとうございます」
仮説か。難しいな。