学校見学 その2
「次は、家庭科室ですか?」
「はい」
私たちは家庭科室に入った。私は蛇口から水を出そうとしたが、蛇口をうまく掴めない…
「河野さん、蛇口をうまく掴めないのですが…」
「私が蛇口を開けますよ」と兎さんが言い、蛇口を開けたが、水が出ない。
「水、出ませんね…」
「はい。まだ出せないです。これも流体なので面倒なんです」
流体ってどうやって仮想空間で表示しているんだろう?
「河野さん、流体ってどうやって表示するのですか? 水分子のシミュレーションはしないですよね?」
「水分子のシミュレーションができれば正確ですが、現実には無理です。空間を三角形の四面体のテトラメッシュに区切ります。そのテトラメッシュの中はどちらの方向に流れるかを計算します。それをすべてのテトラメッシュで実行すると、それぞれでどう動くのかを計算します」
「じゃ、かなり大雑把ということですか?」
「メッシュのサイズを小さくすればするほど正確になりますが、計算量が増えます。ですから、表示速度と正確さのでバランスですね」
「バランスが良くないとどうなるのですか?」
「処理落ち、すなわち表示する時間になってもデータが揃っていないので表示に遅れが発生し、表示がカクカクするか、スローモーションになります。どちらになるかは実装しだいですね」
「この仮想空間はどうなるのですか?」
「カクカクします」
「水道もでないなら、火も出せないですよね?」
「はい。次に行きますか?」
最後の扉を開くと、体育館だった。
「体育館ですね。バスケットゴールがありますね。バスケットはできますか?」
「ボールのバウンドはできますが、重さとか触感はできていません」
「うーん。まだまだですねぇ。兎さんのためにもピアノが第一優先ですね」
「うーん。お茶とケーキが優先です。その次がピアノかな」
食べる必要がなくても、お茶とケーキが楽しめないと、人生の大きな楽しみがないものねぇ。
「これだけ実世界との違いがあると教育は難しいですね。河野さん頑張ってくださいね」
「現実的には触感とかの調整って、私には不可能に近いです」
「じゃ、改善できないのですか?」
「うーん。そうですねぇ。兎さん、手伝ってもらえますか?」
「はい?」
「まず、ピアノのハンマーアクションの物理計算はこちらで入れるので、ピアノの打鍵の重さの調整をお願いします。音もどう感じが違うのかがわからないので、調整をお願いします」
「調整の仕方を教えてくださいね」
「わかりました。兎さんにわかるように説明します。で、お茶とケーキも味と口当たりもあるので、調整をお願いします」
「わかりました」
「猫さんは、味覚の実験を付き合ってください」
「わかりました。みなさんの生活の向上には必須ですよね! 協力します」
「神木さんには、流体演算の手伝いをお願いします」
「わかりました」
「河野さんは人使いが荒いですねぇ」
「なんとおっしゃる兎さん。みなさんの自分自身の生活環境なんですから、みなさんの自助努力が必要です。だって、ここには楽器屋さんも工務店もお菓子屋さんもないのですから、Do It Yourselfが基本です!」
たしかに、ここには何もお店もないものね。
「猫さん、何か言いたいことがありそうですね」
「いえ、特にはないです… あ! 猫! 猫ですよ! ニャン吉! ニャン吉をここに呼び出すことはできますか?」
河野さんはしまったという顔をした…
「猫のアバターもないですし、猫の小脳や脳梁のモデルもないのですからできないです。しかも、ニャン吉は感覚の違いとか教えてくれないし、欲しい物も教えてくれないので、快適には生活させてあげられないですよ」
「そうですね。快適でない可能性のある仮想空間に押し込めることはかわいそうですね」
河野さんはうまく納得させたと満足げな顔をしたのでちょっと不満…
「じゃ、今日の学校見学はこれで終了でよいですか?」
「はい…」
すみません。いつもの時間より、遅いです。




