別人格の目覚め
香織お姉ちゃんのオフィスを出て扉を閉めると、千秋先生が呟いた。
「詩織を連れて行って正解だな…」
「そうですか?」
「予算が増額されるので、光量子チップの完成も早まるだろう。先ほど、詩織はプロジェクトに参加すると言ったが、詩織のアイデアの実験には詩織は立ち会わない方が良いと思う」
「どうしてですか?」
「2週間のデータの脳モデルは問題なく動作したが、最初の数日の状態で起動すると、まともに話ができる状況でない可能性がある。そんなアバターを直視できるか?」
仮想空間の私が最初に起きた時、まともに動くことができなかったけど、動けるようになるのは早かったから、気にならなかったな。
でも、ちゃんと動けるかもわからないし、喋ることもできないかもしれない…
自分が麻痺したりしているのを見ることになるかもしれないってことだよね。
あれ、千秋先生がじっと見ている! 心配されている?
「…うーん。辛いかもしれません…」
「だろうな。ある程度教育が進んだ状態から見せることにする」
「わかりました」
話している間に分析室についた。
「橋田、詩織のアイデアの実験を明日から行うから、準備を頼む。私は教師を準備する。明人君、光量子チップの開発の増額はほぼ確実となったので、関係各所に事前連絡をするように。それと、光量子チップの効率改善を行ってくれ。絵梨香には試験の補佐をしてもらうことを伝えてくれ」
「わかりました」と橋田さんと河野さんが答えた。
「詩織は、分析室には私が連絡するまでは入室禁止。学業に勤しむように」
「わかりました」
「え! 千秋さん、それじゃ、実験で詩織さんの脳モデルとの対話は誰がするのですか?」
「最初は私が行う。その後は教師に任せる」
早々に私は分析室から追い出された。
私は大学授業のない時間は図書館に篭るようになった。
図書館では、人工知能やAIについての資料を探して読んだ。
脳モデルは画期的だと言っていたが、現状での人工知能のレベルを考えると確かに画期的だということがわかった。
図書館に篭って3日経った時に千秋先生から分析室にきて欲しいと連絡があった。
もう成果が出たのかなぁと思いつつ、分析室に向かった。
「千秋先生、進展があったのですか?」
「あぁ。人格ができたと思う。詩織に確認して欲しいから呼んだ。仮想空間に入ってもらえるか?」
「はい。事前にもう少し教えてください」
「いや、変な情報なしで判断してほしい」
「わかりました」
私はヘッドマウントディスプレイを装着し、私はゆっくり目を開けると、私の家のリビングが見えた。そこに男の人がいた。
私に近い感じの女の人がいると思ったのに、30歳前後のでかなり運動している男の人? どうして? でも、この人知っている… あの人だよね…
「あ、ごめんなさい。私、見つめちゃって… こんにちは、私は詩織です」
「こんにちは、詩織さん。…私は今まで自分自身について自覚できていませんでした。アバターをいろいろ変更して、この体を選択してから自分というものを実感した気がしていましたが、まだ足りなかったようです。詩織さんに会って、今はっきり自分を自覚しました。私は神木公人です」
私は神木さんと話をしたことがないのに、なぜか神木公人さんだと直感で納得した。
「…」
「詩織さん、私はあなたが意識不明の時に手を握り、首で脈を取りました。その時のことを覚えていますか?」
「はい。少し不思議な感覚を覚えています」
「私もです。私は詩織さんと同期したのだと思います。そして、詩織さんが目覚めた時、私を見た… 違いますか?」
「はい。私が目覚めた時、私が手を握っていると思いました。変な言い方ですけど、目覚めた瞬間は私は神木さんだったのだと思います。だから、私が手を握っているという変な感覚だったのだと思います」
神木さんは納得した感じがした。
「私は死んだのですか?」
「…はい。私を目覚めさせた時に亡くなったそうです。どうして亡くなったのかわかりますか?」
「今ならわかるような気がします。私は相手に同期する力があったようです。詩織さんは受信する力があったようです。それで、私が引き込まれたのではないかと思います」
「…じゃ、私が神木さんを…」
「あ! すみません。そんなつもりで言ったのではないです。気にしないでください」
「ごめんなさい。気持ちを整理したいので、抜けますね」
「本当に気にしないでください」
私はヘッドマウントディスプレイを外して、仮想空間から抜けた。




