審査
端末で自由に読める新聞を読みながら優雅な朝食。地下だけど窓がなんであるんだろうと思っていたが、本物の窓にディスプレイが付いていて、外の映像が見える。おまけに、窓を開けるとさりげなく風が出ていてカーテンまで揺れるって、凝りすぎ。
端末で場所や天気まで変更できるなんて、地下で快適に生活するには必要かもしれない…
9時5分前、端末に香織さんが映し出されたので、私は部屋をでた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「ついてきてください」と香織は踵を返した。
やっぱり、「ついてきてください」だよね。
エレベータを出ると、昨日と同じく黒のワゴンが止まっていた。後部座席に乗り込んだ。
「香織さん。どちらに向かうのですか?」
「御茶ノ水の病院です」
香織さんは話を続けたくないのかな…
到着すると、香織さんは言葉もなく歩き始めた。
「ついてきてください」は無いんだ… ちょっと寂しいかなと思ってついて歩いていると、香織さんは病室のドアを開けた。
そこのベッドには、心拍計だけでなく、脳波計までつけた患者が6人寝ていた。この患者で審査するのかなと考えていると、『私、失敗しないので!』と言いそうな白衣の女医が入ってきた。
「香織ちゃん、彼が白馬の王子様?」
「白馬のというのはどうかと思いますが、彼が例の人です。神木さん、こちらは千秋 桃華先生です」
「千秋です。神木君、ふられちゃったね」
「神木 公人と言います。よろしくお願いします」
「早速だけど、説明するね。こちらの6名の患者の症状は心臓移植した方、ガンの方、意識不明の方など、様々です。この患者さんに治療を行ってください」
「私は救急救命士です。千秋先生もご存知かと思いますが、救急用自動車等以外で救急救命処置はできません」
「そうですね。言葉を変えます。一般の人でもできる脈拍、体温、呼吸等の患者の状態確認と呼びかけを行ってください」
「そんなこと誰でもできるのでは?」
「そうね。でも、過去5年間の救命時に危篤と判断される患者の生還率が神木君が一番なんだよねぇ。一番だけど、統計的な有意差があるわけじゃない。だから、期待していないので気軽に実施してね」
「救命はいかに早く到着するかにかかっているので、生還率が高いとすれば署員の努力で私個人の成果ではありません」
「神木君は堅苦しいねぇ。これで治るとは思っていないし、実験だから。神木君の能力や、やり方が影響しているのか、いないのかは実験を解析して考察すればいいだけでしょ」
「分かりました」
「じゃ、頑張っていきましょう! 用意した患者は18人いるからね〜」
首筋での脈確認、心拍数、血圧、血中酸素濃度の測定を実施。意識不明の方には、軽く叩いて呼びかけを実施。
サクサク実施していたら、千秋先生が「そんな危機感じゃダメよ! 救命はもっと切迫しているでしょ! もっと気合い入れて!」と演技指導者のような声をかけられ、何度もやり直しをさせられた。
医者は忙しいと思うが、ずっと付きっきり。記録用の撮影も行われている。
結局、18人ではなく25人で実験を行い、終了となった。
「神木さん、お疲れ様でした。千秋先生、解析をお願いします」
「千秋先生、質問していいですか?」
「いいですよ」
「この実験内容だけで解析ってできるのですか? 何か変化があったとしても私が原因かは証明できないですよね?」
「お、いい質問ですねぇ。実は、すでに看護師や救命士にも同様の試験をしているので比較、対照ができるんですよ」
「なるほど。では、『期待していない』って言ったことや、『真剣に』も試験内容を一致させるためですか?」
「もちろん! 他に質問は?」
「解析結果は教えていただけるのでしょうか?」
「それは、わからない」
香織さんの表情が少し驚いたような気がした…
「他に質問がなければ、帰っていいよ」
「では、神木さん、部屋に戻りましょう」
「香織さん、これは明日も続くのでしょうか?」
「いえ。本日で終わりです」
連れてこられた逆順で部屋に戻された。
「神木さん、審査結果が出るまで外出は禁止ですが、神木さんの携帯の鍵で開けられる場所が増えましたので、そこは自由に移動して結構です」
「どのような場所があるのでしょうか?」
「トレーニングルームと温泉ぐらいですね」
「トレーニングはありがたいです。市ヶ谷で温泉ですか?」
「温泉と言っても、源泉の温度は低いので沸かしています。審査結果は数日後になると思いますので、ゆっくりしてください」「数日ですか…」
「では、失礼します」
香織さんは踵を返して去っていった。