詩織のアバター
橋田さんは千秋先生の報復が怖かったようで、絵梨香さんに小脳や脳幹部分の助けを得て、メタバースで五感の再現を3日で完成させたらしい。
そして、私の部屋に河野さんを入れるのはNGなので、部屋の写真の提供とシーツ等のリネンを河野さんに渡した。
出来上がった仮想世界はスキーのゴーグルのようなヘッドマウントディスプレイとグローブをつけると、体験できるらしい。河野さんにつけ方を教わって体験することにした。
「詩織さん、そこの金属の棒が円形に立っている真ん中に立ってください」
「この機械はなんですか?」
「詩織さんの全身像を撮ります。この全身像が仮想世界でアバターとなります」
言われた通り、円の真ん中に立つと、フラッシュは何度も光った。
「ちょっと待ってくださいね」
河野さんは、端末を操作してメタバースの画面を見せた。私が動いている画像だった。
「結構リアルですね」
「ちゃんと骨格のモデルがあって、映像から髪や服を認識して設定しているから完全な3Dモデルだよ。アバターでいろんなことをさせることができるよ」
河野さんが端末を操作すると、私のアバターが音楽にあわせてダンスをしている。
なんか、腹がたつ。
「なんか、私がさらしものになっている感じがして不愉快なんですが…」
「ごめんなさい。でも、服も髪も動きも自然でしょ?」
「まぁ。そうですね…」
河野さんは話題を切り替えたいのか、ヘッドマウントディスプレイとグローブを指差して、「ヘッドマウントディスプレイとグローブをつけてみて。仮想世界に入れるよ」と言った。
私はヘッドマウントディスプレイとグローブをつけた。
「詩織さん、つなげるよ」
「はい。…おー! 私の部屋だ! カーテンも風で揺れてる! すごいですね、この空間」
「大変だったんですよ。詩織さんの部屋の家具って一点ものでしょ? だから、写真から3Dを作成して、できた3Dデータを微調整を入れる必要があったんですよ。僕の部屋なんてIKEAの家具ばっかりだから、3DデータをそのままでOKなのに…」
「家具は香織お姉ちゃんの趣味だから、私のせいじゃないですよ。テーブルも磨かれた感じがでていますね」
「でしょ。採算なんて気にせず、GPU使いまくりだからね。そこのグラスを見て」
「グラスですね。それが?」
「えー! 反対側が透けたりしているでしょ? 鏡もちゃんと映っているでしょ。レイトレースをリアルタイムで行っているからね」
「そういえば、そうですね。周りが映っていますね。この技術がレイトレースなんですか?」
「そうだよ。光の反射をすべて計算しているから鏡とかグラスが違和感なく見えているでしょ。はぁ。なんか、詩織さんの反応が低いですよ」
「ごめんなさい。他のものを知らないので、この部屋の出来がものすごいってことがわからないです。でも違和感がないって褒めていません?」
「そうだね。詩織さんが違和感がないようにするのが目的だから、目的は達成していのかな?」
「でも、この感触はダメですね」
「それは、そのグローブのせいだからね。詩織ちゃんの脳モデルにはもっと正確な触感がすると思うよ。たぶん」
「たぶん?」
「触感の再現ってこの程度のグローブじゃ無理なんです。どこまで実現できているのかがわからない」
「そっか、このグローブでは繊細な感じは出せないですよね。触っているぐらいしかわかりませんから。ところで、このアバターって、私以外にあるんですか?」
「この辺の人の分は全部ありますよ。ちなみに私が入ると、こんな感じです」
河野さんがPCを操作して、予備のヘッドマウントディスプレイで仮想空間に入ってきた。
「本当に河野さんだ。表情が真顔で全く変化しないっていうのがちょっと怖いです。で、私の部屋に河野さんが居ることがとっても不愉快です… 今晩、河野さんが突然部屋に現れるかもと思うと怖いじゃないですか」
「ごめんなさい。仮想空間なんで許してください。詩織さんの部屋に私が侵入することはありません。表情ですが、私のヘッドマウントディスプレイは自分の顔側のカメラがないモデルなので変化しません。でも、詩織さんのヘッドマウントディスプレイは顔まで表現できるものなので、私が部屋にいることで、詩織さんが嫌そうな顔をしていることがはっきり見えていますよ。鏡を見てください。自分の表情が見えますよ」
私は鏡の正面に立った。
「あ、本当だ。私の表情は変化している。それに、スカートも揺れる! こう見ると本当にすごいですね」
「ヘッドマウントディスプレイとグローブより、脳にデータが直接入るともっとリアルだと思いますよ。じゃ、問題なさそうなので、分析室にいきましょうか?」




