市ヶ谷
本庁の時と同じように、エレベータが自動で開き、勝手に目的のフロアまで移動するらしい。行き先は地下のようだ。
香織さんが降りたので、一緒についていく。香織さんが扉の前に来るとカチャっと音がなり、鍵が開いた。扉を開き、香織さんは中に入った。
「神木さんの部屋はここです。自由に使ってもらって問題ないです。端末は携帯を近づけるとログインできるようになっていますが、アクセスは制限されています」
「具体的にはどようなアクセス制限でしょうか?」
「Webサイトの参照はできますが、書込みはできなくなっています。メール、SNS等の書き込みはできません」
香織さんは私の携帯を指差し、「携帯に秘密保持契約を表示しましたので、サインをお願いします」と言った。
香織さんは何か操作をしたようには見えなかったが… 機密保持契約の画面が表示されていることを知っているようだ。
「サインですか?」
「署名欄に指で名前を書いてください」
なぞって書けるのか… 名前を指で書くと、契約完了のメッセージが表示された。
「そちらの扉はベッドルームで、隣がシャワールームです。着替え等も入っていますのでご利用ください。ランドリーボックスに入れれば数時間で洗濯された衣類が届きます」
「どうして、ベッドルームまであるのですか?」
「審査に問題なければ、神木さんはここで生活してもらいます」
「ちょっと横暴じゃないでしょうか?」
「申し訳ありませんが、従っていただきます。でも、通勤時間は0分ですし、家賃は0円ですよ」
香織さんは少しイタズラっぽい笑顔をした。
「ということは、ここが職場ですか... 引越しが必要ですね」
「ご心配なく、寮からの引越しはこちらで実施します」
「審査に合格が必要ですよね? ここの設備はかなり先進的ですから、私がDXで貢献できるとは思えないのですが…」
「はい。審査はありますが、大丈夫ですよ。私の感ですが…。あ、DX推進部に異動だから気にしていましたか? ここは違いますよ」
「では、ここの部署は何でしょうか?」
「審査に合格してからです」
審査は大丈夫なら、教えてくれてもいいのに…
「ご理解いただけたようですので、身体検査がありますのでついてきてください」
はぁ。また「ついてきてください」か…
身長・体重からMRIまでって、身体検査というより人間ドックだよね。他の身体検査受診者はいないし、すごい設備だし、待ち時間0って…
「神木さん、一通り検査は終了しましたがまだ続きます。この心配蘇生訓練人形で心臓マッサージをしてください」
やっと本番の検査だなと思い、「わかりました」と答えた。
心肺蘇生訓練人形からのびているケーブルがやたら多いなと考えていると、「2月3日の救命活動と同じように心臓マッサージをしてください」と言われた。
「特殊ではないと思いますが…」と言いながら、心臓マッサージを実施した。
香織さんは心肺蘇生訓練人形と接続されているパソコンを見ている細身で神経質そうな男に向かって「明人さん。どうですか?」と聞いた。
「香織さん、設定変更するのでもうちょっと待ってください」
「神木さん。明人さんがいろいろ設定を変更して確認すると思うので、指示に従ってください。明人さん、終わったら連絡をください」と言い。香織さんは部屋を出た。
「神木さんもう一度心臓マッサージをお願いします」
その後、設定変更をしては心臓マッサージを10回以上も…
「明人さん、どうですか?」と香織さんの声がした。いつの間にか戻ってきていたようだ。
「予想通りですよ」
「やはり、そうですか…」
「無駄だって言ったじゃないですかぁ〜」
「予想通りの結果が得られたという事実は無駄じゃないですよ」
「神木さん。本日は以上です。食事や飲み物は部屋の端末で注文できます。明日は9時出発になります。9時にお迎えに伺います」
「審査は終わったのでしょうか?」
「いえ、まだです」
「明日は何をするのでしょうか?」
「明日になれば、分かりますよ」
話は終わり!という感じで、そのまま宿泊の部屋に案内された。
「神木さん。部屋からは出ないでください」
「あのう。日課のトレーニングをしたいのですが、ダメですか?」
「審査が完了するまで、ダメです」
「いつまででしょうか?」
「明日完了の予定です」
「分かりました」
「では、明日お迎えにあがります」と言い、香織さんは扉をあけ、私との話を打ち切った。
「しかし、この部屋の調度品って高級な気がするなぁ」と独り言を言いながら部屋を探索。
やることもないので、飯でも食って寝るか…
端末で食事のメニューを見ると、普通の和食から、洋食。ベジタリアンやハラル向けまである! 『おすすめ』まで存在するし… メニューを見ると、ちょっと高そう。
部屋は0円と言っていたけど、食費は0円と言っていなかったから取られるだろうなぁ。ん?どこを見ても値段が書いていない。
外に出れないし、注文するしかないか。仕方ないので、『おすすめ』を注文した。
しばらくすると、端末に「食事をお持ちしました」と声がし、ボーイのような人が写っていた。扉を開けると、ワゴンごと部屋に入ってきてテーブルに食事をセッティングしてくれた。
ちょっと、ホテルじゃん!と思ったら、支払! チップ!が頭をよぎった。
「支払はどうすればよろしいですか?」と問うと。
「必要ありません。食器はそのままでも、端末に引き取り指示をすれば、お伺いします」
「そのまま?」
「はい。部屋のクリーニングの際に片付けもします。他にご用はございますか?」
「いえ。ありません」
「では、失礼します」
ボーイは出ていってしまった。
ほつんと部屋に残されて、私は『完全にホテルじゃん!』と呟いた。
誰かと間違っていて、『やっぱりおめぇじゃない!』って言われて追い出されるような気がする…




