プロローグ
詩織は、ワインを一口飲み、アンナのグラスにワインを注いだ。
「詩織、ここは話の中に出てくる地球なんですか?」
「地球? ここは地球ではないわ」
「詩織の話に出てくる空間と、ここの環境は酷似しています」
「ここは私が落ち着く場所だもの。私の意識の奥深くに地球の情景が刻まれているから、落ち着く環境も地球に似た場所になるわ」
「ここは、現実ですよね? 現実だとすると、惑星に地球を再現したということですか?」
「それは、テラフォーミングをいうことかしら?」
「テラフォーミングってなんでしょうか?」
「惑星を改造して地球と似た環境にすることね」
「なるほど」
「アンナ、テラフォーミングしても地球と同じ環境にすることは非常に困難なの。仮にテラフォーミングしてもここのような落ち着いた環境は奇跡的な幸運がないと無理でしょうね」
「では、閉鎖された空間なら… お話に出てきたワイングラスの環境を利用すればいいのでは?」
「ふふ。いいわねぇ。でも重力のある惑星に住むのは量子通信に不便なの。それに、この環境を維持するためには外部からの補充が必須だから、輸送のしやすさが重要なの。輸送には惑星の重力は邪魔だから、ここは宇宙空間よ。宇宙空間には重力がないから、ワイングラス型ではなく半径20Mほどの円筒の環境を作ったの」
「え? 半径20M? それだと、ここの風景は曲がって見えるはずですけど、外は曲がっていない広い空間に見えましたよ。それに、この家まで車で移動しましたが、もっと距離があったと思います」
「ごめんね。補正時に仮想の映像を義体に流しているの。車での移動は周りの映像などを調整した演出で距離があるように錯覚させたの。その義体は人の感覚を忠実に再現しているの。高性能なのよ。でもアンナのように世代を重ねた脳も結構いい加減なところがあって、辻褄があえばそれを補強するように働くの。あ、でも、一部のコミューンは人の形を捨てているので、そのコミューンには当てはまらないかもしれないわね」
「どして補強するのですか?」
「さぁ。怠け者が継承されているからじゃない?」
「怠け者?」
「これは、私の想像で学術的な見解じゃないんだけど、生物としての人の脳はエネルギーを非常に多く消費するの。だから、辻褄が合うならエネルギー消費を抑えるために辻褄が合えば、深く考えなくなるの。要は怠けるの。それがアンナの代でも継承されているんじゃないかしら」
「そう言われればそうかもしれません。一つ質問してもいいですか?」
「何かしら」
「お話の中に中国という言葉が出てきましたが、まとまりを表す言葉で正しいでしょうか?」
「中国ね… 国家という概念は今はないわね。近いものは別のコミューンだと思って」
「以前、人がコミューンと伺ったと思いますが… 中国の火星ベースには複数の人がいましたよ」
「そうねぇ… 資源を融通し合うコミューンが同じ国家と思って」
「資源を融通しないコミューンとも情報交換しますけど… 中国の火星ベースとは連絡していませんでしたよ。同じ火星上なので、地球と火星のように距離の制約はないですよね?」
詩織は、説明をあきらめたようで、「…そういうものだと思って」と言った。
「アンナ、どうする? 続きは聞きたい? もういい?」
「続きをお願いします」
「わかったわ」




