ニャン吉は電気羊の夢をみるのか?
今日も大学が終わってから生命科学室に行く… というより、ニャン吉に会いに行く。
今日もニャン吉はお迎えに来てくれる。やっぱり可愛いねぇ。
「アンドレさん。こんにちは」
「詩織さん。こんにちは。千秋さんが詩織さんが来たら連絡するようにといわれていたので、千秋さんに連絡しますね」
「何か用なのかな?」
「昨日の橋田さんと話していたので、そのことじゃないですか?」
「あぁ。わかりました」何か文句を言われるんだろうなぁ。ちょっとテンションが下がった。
「詩織さん。ニャン吉で何か気づいたことがあったら教えてね?」
「ニャン吉は、なにか様子が変なんですか?」
アンドレさんは少し言い淀んだ。
「詩織さんが、動きが早くなったと言ったので、ニャン吉の動作と脳の活動を調べなおしたんだ。詩織さんが言ったように、若干応答が早くなっていたよ」
「やっぱりそうですか。でも何も問題ないですよね?」
「見つけた問題は寝ている時なんだ。寝ている時も量子コンピュータで脳細胞のシミュレーションが実行されていたので、夢を見ていると思っていたのだけど、ニャン吉は夢を見ていない可能性がある」
「夢って、寝てる時にみる夢ですよね? 脳が活動しているのなら、夢を見ているのでは?」
「僕もそう思っていたんだけど、動いている箇所が運動野の一部なんだ。これは、皮膚からの接触でも反応するから寝ている動作で起きているだけかもしれない」
不意にドアが開き千秋先生が入ってきた。
「アンドレ、夢とか聞こえてきたが、あの話か?」
「そうです」
「にゃんこも夢を見るものですか?」
「あ、『ニャン吉は電気羊の夢をみるのか?』みたいな?」
「アンドレさん、何ですそれ?」
「フィリップ・K・ディックのSFの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のパロディみたいな言い回しだったので、つい… ごめんなさい続けてください」
「猫も夢を見ていると言われている。猫も寝言?を言うらしいぞ」
「そもそも夢ってなぜ見るのですか?」
「脳に蓄積された情報を整理していると言われているが、はっきりしていない」
「じゃ、ニャン吉は寝ても情報の整理ができないから、新しいことが覚えられなくなる? 大変じゃないですか!」
「新しいことを覚えられなくなるのかどうかはわからない。記憶の定着には睡眠が必要と言われているので、長く記憶できないかもしれない。脳のメカニズムはまだまだわからないことが多いんだ」
「睡眠って、脳が指令を出しているですよね? じゃ、量子コンピュータが寝ることを指示しているのでは?」
「睡眠は視床下部と脳幹が誘発している。視床下部も脳幹も元のニャン吉のままだから、寝ることができると思う。すなわち、量子コンピュータじゃない」
「ニャン吉をみていると、どこからどう見ても普通の猫にしか見えないから問題なんてないと思っていました…」
「違いはあるぞ。ニャン吉は普通の猫とは違い、この部屋以外では生きていけないぞ」
「量子コンピュータがここにしかないからですか?」
「いや、ニャン吉にはコンピュータと接続するための素子が埋め込まれている。その電源は無線で供給している。その給電システムはこの部屋しかないから、この部屋以外にはいけない」
そうなんだ… ニャン吉ってこの部屋から外に出れてないのか…
かわいそうだなと思ってニャン吉を見たら、ニャン吉が膝に乗ってきた。
「ニャン吉が部屋の外に出たらどうなるんですか?」
「運動野が機能しなくなるから、動けなくなるな」
「そうなんだ…」
「電源が供給できたとしても、通信遅延が遅いとニャン吉の動作が出来なくなる可能性がある」
「なんか可哀想…」
「そもそも猫はあまり広範囲を移動しないぞ。放し飼いでも200Mぐらいだし、部屋で飼われている家猫とそう変わらん」
「そっか。そうですね」私はちょっと安心した。バイスちゃんは散歩が大好きだから一緒にしちゃだめだよね。
「あ、詩織、橋田にとんでもない提案をしたそうだな」
「目の映像をAIに処理させるってやつですか? 最近のAIってすごいから任せられないかな?と思っただけですよ。実際に考えたのは橋田さんですよ」
「橋田が考えたかもしれないが、教育データを作る仕事がこちらに来たじゃないか!」
しらんがな。




