中間管理職はつらいよ
リザバーコンピューティングをローバーに導入して、しばらく経つと伊織が私のところにやってきた。
「兎先生、ローバーの動きが悪すぎるわ。元に戻しましょうよ」
「そうねぇ。みんなで話し合いましょう」
中間管理職ってこんな感じなのかな…と思いながら、琥珀にみんなを呼び出してもらった。
兎:「みんな、揃ったわね。伊織からローバーの生産性が落ちたから、元にもどしたいと言われたけど、意見はある?」
悠人:「ローバーの故障が減る可能性が高いけど、まだわからないな。故障が減るならこのままがいいな」
伊織:「特にフォクストロットの動きが悪くて、フォクストロットに合わせた作業しかできないのよ」
兎:「フォクストロット?」
伊織:「ローバーF号機です」
兎:「名前をつけたの? 他の名前は?」
伊織:「私じゃなくてビアンカがアルファベットだと呼び間違いが発生するから伝達を正確にするために付けました。Aから順番にアルファ、ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー、フォクストロット、ゴルフ、ホテル、インディア、ジュリエットです」
兎:「へぇ、アルファベットの先頭でつけたのね」
ビアンカ:「フォネティック・コードだよ。昔の通信は品質が悪かったから確実に伝える工夫だな。通信の終わりなんかは10-10(テンテン)、了解は10-4(テンフォー)なんてのもあるぞ」
兎:「聞き間違いを防ぐため? チャットだと関係ないのでは?」
ビアンカ:「10-10(テンテン)などは半二重通信では必要だったから今はいらない。だが、フォネティック・コードは直接話すときに聞き間違いを防ぐ意味もあって便利なんだよ」
兎:「わかったわ。ローバーの動きを見てくれる颯人はどう思うの?」
颯人:「そうですね… 連携の動作のためのアルジャーノンを作りませんか? 連携というか各ローバーの動作の調整ができれば、効率は高まると思います」
ビアンカ:「いいねぇ。やろうよ」
兎:「颯人の連携動作のアルジャーノンのアイデアを伊織はどう思う?」
伊織:「…わかったわ。颯人の連携動作のアルジャーノンの成果を見て判断するわ。颯人、それはいつできる?」
颯人:「そうだなぁ。シミュレーションするから1日ほしいな」
伊織:「わかったわ」
兎:「じゃ、ローバーの問題はこれでいいかしら? 他には何か問題は出ている?」
私は周りを見回したが、ないので終了した。
誰かが問題を言ってくるので調整、しばらくするとまた問題…
ビアンカにうまく言いくるめられたのかなぁ。オペレーションズ・リサーチなんて関係ないじゃん! ただの調整役じゃん…
颯人の連携動作のアルジャーノンが導入され、ローバーの生産性はだいぶ改善された。
いつのまにか、連携動作のアルジャーノンは『安西先生』と呼ばれるようになった。
颯人によると、監督と言えば『安西先生』らしい。
なぜか、颯人は去り際に『あきらめたらそこで試合終了ですよ…?』と言うが『はぁ?』となってしまった。
みんなが作業を頑張って行なったおかげで、モジュールの囲いも第一工場とローバー修理場ができると、運用が安定したのか問題も減った。
これで、落ち着くかと思ったが、北の山への探索の準備が開始されると、決めることが増える。
一番の問題は電力だ。北の山までは距離があり、探索するにはローバーはバッテリーを利用するが気温が低いためバッテリーの持ちが悪い。北の山までの間に充電ステーションがなければ帰還できないローバーが出る可能性があるが、もちろん余分なバッテリーはない。
ビアンカには『オペレーションズ・リサーチの出番だ』と言ったが、手札が無さすぎて無理!と思っていたら、神木さんがCO2バッテリを作ろうと言い出した。
CO2バッテリは二酸化炭素を圧縮して液体にして保存する。液体が気化する力を使ってタービンを回して発電するらしい。
もちろん、圧縮は太陽光パネルの電力で圧縮する。
二酸化炭素は集める必要もないし、漏れても環境に影響がない。
そりゃ、周りはほぼ二酸化炭素だもの漏れても関係ないわね… それに圧力をかけると温度が上がるけど、火星は寒いから問題ないそうだ。
容器もポリカーボネートで問題ないというから、驚きね。
二酸化炭素を圧縮するコンプレッサーは作れないと神木さんが言っていたが、悠人が磁石レスロータを作ろうと言い出す…
私にはさっぱりだよ。ビアンカもやる気になっているから、いいけど...




