地球の現状
「人工脳モデルが作成されていることは千秋かアンジェから聞いて知っているな?」
「はい」
「新型高性能MRIも改良が加えられ、詩織の効率の半分程度までに至っている。その技術を使って実験が行われている。数年もすれば金持ちも利用するようになるだろう」
私は、そうなるだろうなぁと思い頷いた。
「人工脳モデルは詩織をベースにしたものしか成功していない。すなわち、私も詩織がベースとなっている」
「私をベースにしなかったら、どうなったのですか?」
「目覚めない場合もあれば、目覚めてもしばらくすると停止や痙攣しかしないものもいた。詩織をベースとしても目覚めても私以外は停止した。何が原因かはわからない」
「私をベースにする場合と、しない場合で何が違うのでしょうね?」
「私は精度だと思っている」
「精度? 新型高性能MRIの精度は高いのでしょ?」
「データ量は取れるが、質が違うのかもしれない。魂が関係するのかもしれない」
「魂?」
「不思議か?」
「ビアンカは科学者だよね? 魂とか神とか言わないと勝手に思っていました」
「私は無神論者ではないぞ。反社会的な行動もしない」
「無神論者と反社会的な行動って関係ないような気がしますが…」
「ふーむ」ビアンカが考えている。
「詩織さんは自分を無神論者と思っていますか?」と神木さんが言った
「どうだろう? 神聖な場所では神秘的だなぁと感じることはるけど、神様は見たことがないしなぁ。でも色々な物に神は宿ると言われても、そうねと思うぐらいね」
「そうですね。それが、日本人の多くが感じる感覚かもしれませんが、信仰はあるのですよ。欧米の感覚では、無神論者ではなく『信仰がある』になります」
「ほう… ま、いい。 人工脳モデルの作成はNASAの科学者でもごく一部しか知られていない。しかし、広がるのは時間の問題だな。人工脳モデルの人数が増えれば必ず問題が起きる」
「人工脳モデルの人の間で争いが起きるという問題ですか?」
「人工脳モデルの人が複数の単位に分かれるとは思うが、必ず問題が起きるわけではない。私が言う問題は人工脳モデルの人と現実の人との間の問題だ。君たちが火星へ向かった後、データセンタでアダム達がウィルスとして見つかった。もちろん、見つかったデータセンタはCIAが箝口令を敷いたので外部には漏れていないが、いずれ漏れるだろう」
「ウィルスですか… 人ですけどね。」
「データセンタに居座ってリソースを使っているから不法侵入だな。これで、前回のアダム達の自壊は複製体であり、他にも存在してコンピュータ社会を侵略していると騒いでいる連中がいる。中にはC国の陰謀とまで言うものまでいる」
「アダム達の存在は一般には公開していないですよね? どこの人が騒いでいるのですか?」
「NSAだ」
「アメリカの3文字って多いから分かりにくいですね。NSAってどんな組織ですか?」
「奴らのことは私もよくわからんから、気にするな。その影響はNASAにも波及し始めている」
「どんな影響があるのですか?」
「人工脳モデルをNASAの宇宙開発で利用することはリスクが高いため、利用を中止しろという圧力がかかっている」
「そんな状況でビアンカはよくここに転送できましたね」
「それか… 私はNSAの監視員も兼ねているからな」
「えっ!」
「安心しろ、私達にアダム達は必要だし、NSAの妄想なんぞ私にとってどうでもいい。私はどうしても人工脳モデルになりたかったからな」
私達って、人工脳モデルの人達? それとも火星の人工脳モデル? ビアンカはどの立場かしら…
「どうしてビアンカは人工脳モデルになりたかったの?」
「それは、私のガンは進行していてモルヒネが必要な状態になっていたんだ。私は研究を続けたかったから、人工脳モデルは希望だった。おそらく、もう本体は死んでいる」
「そうなんだ…」
「気にするな。私はここをバカな連中に邪魔されない最高の場所にする。だからNSAなんぞに介入させない」
「わかったわ」
「介入は阻止できても問題がある… 地球でアダム達が見つかったため、ここの立ち位置は微妙だ。追加の物資をこちらに輸送する計画はなくなる可能性が高い」
「え! でも火星だけで自立なんて難しいでしょ?」
「難しいな。後1回分あれば、なんとかなったかもしれないが…」
「追加の物資を送ってもらえなかったらどうなるのですか?」
「私達が動作するコンピュータを改修するチップがなくなって消滅だな。そうならないうちに地球との貿易ができるように、火星を開発する。そして、火星の物資を地球に持って行き、必要な物資と交換する。そのためにもアダム達が必要だ。アダム達はアンジェと同じ能力がある可能性がある。有用な資源だ。使わないなんて『もったいない』。『もったいない』は日本の精神だろ?」
「そうね『もったいない』は大切ね。じゃ、開発の方針を変えるの?」
「いや、こちらに持ち込んだ設備から考えて、大きく変更は無理だ。だから方針は同じだが、火星を隅々まで調査して地球に有用な鉱物を探して製錬するしかない。そのためにも最初は地道にコンクリートとポリカーボネートを作る。そしてポリカーボネートでこのモジュールを囲い、その上からコンクリートで覆う。そして同じ構造の囲いを量産し、工場を作る。コンクリートはできているのだろ?」
「はい。コンクリートの作成の実験は終了しています。どうして、コンクリートで覆うのですか?」
「宇宙からの放射線対策だな。少しでも機器の損耗を減らす。二酸化炭素からポリカーボネートが精製できれば、水も手に入る。水があれば二酸化炭素電気化学還元装置でエチレンが作れる。そすると発泡スチロールも作れるが、時間がかかるな…」
「モジュールを覆うために必要なコンクリートの珪素は十分あると思います」と神木さんが言った。
「あるのか?」
「はい。精製しました」
「後は、ポリカーボネートか」
「ポリカーボネートの精製は開始していますが、こちらは時間がかかります」
「本当か! ではガラスは?」
「できますが、まだ1Kg程度です」
「いいぞ。3Dプリンタでガラスを造形すれば化学工場が作れる。ガラスなどの精製は神木君が行ったのか?」
「いえ、小織が主導で作りました」
「小織? あのおとなしい子が? 私が知っているイメージとの乖離があるな。情報の更新が必要だな。24時間フルに活用するぞ」
「ビアンカ、ここにはルールがあります。守ってくださいね」
「ルール? どんなルールだ?」
「夕食はみんなで一緒に食事をする! です」
「本気か?」とビアンカは神木さんを見たが、私は無視して「本気です」と言った。




