打ち上げ
ロケットの打ち上げは今日なのに、日本のネットニュースに少し上がっているだけでテレビのニュースでは何も言わない。
注目されていないのねぇ。
私は兔さん達と打ち上げを見るために仮想環境に入った。
リビングにはみんな揃っており、プロジェクタのように大きな画面にはロケットの打ち上げ準備が表示されていた。
「こんばんは、皆さん」
「こんばんは、猫さん。こっちに座って」兔さんはソファをポンポンと叩いた。
「いよいよ打ち上げね。アンジェもいるかと思ったのだけど、いないのね」
「アンジェはNASAの仕事があるからね。私達(複製体)を作ってからはこちらには入っていないわ」
「そう。準備は整っているのかしら…」と言うと、兔さんには伝わったらしく、神木さんを見て「問題ないわ」と言った。
「仮想環境のアルゴリズムを元に戻すと言っていたけど、電力は問題ないのかな?」
「原子力発電はかなり余裕があるので問題ないですよ。事故で原子力発電が停止すると、仮想環境は8割は停止する必要がありますが、これは当初からの想定です」と神木さんが答えてくれた。
「じゃ、どうして電力消費を減らす必要があったのですか?」
「原子力発電がない状態だと、太陽光発電のみになります。その場合に、航行以外は節約する必要がありますが、アンジェは宇宙船内の私たちのことを考えて生活に影響が少ない方法を考えてくれていたようです」
「そうなんですね。神木さん達は火星での生産の訓練を受けたと思いますけど、どんなものだったのですか?」
「火星でのロボット操作が主です。生産設備の訓練はしていません」
「それで問題ないのですか?」
「設備の操作方法はアルジャーノンが知っているので問題ないそうです。半導体や太陽光発電の設備の生産は機密事項という理由もあるそうです。最先端のものが搭載されているそうです」
「一つのロケットに積み込める量なので小さくする必要がありますね。どのくらいの荷物をはこべるのかなぁ」
「200トンを打ち上げすることができますが、火星には20トンほど持っていくことができます」
「200トン!? そんな量を打ち上げるの?」
「火星には20トンですよ。荷物は厳選しないと… 火星で自活するにはかなり厳しいと思います。試行錯誤の失敗を許容する余裕はないのです」
私と神木さんが話していると、颯人が「カウントダウンが始まりました!」と言った。
すると、画面の左と下に様々な画面が表示された。
「何? 何が表示されたの?」
「この画面はJAXAで表示されているものと同じなので、一般公開されていない情報が表示されているようです。各種センサの値のようですが、わかりません」
「管制センタ?も表示されていますが、人が少ないですね」
「ほとんど自動制御です。各種センサの情報もすべてAIで分析して発射可能も判断するそうです。人は飾りですね」
「そうなんですね」
「さ、発射ですよ」
音はなかったが、現地の音が流れ始めた。歓声やロックの音楽が流れている… 白い水煙が広がると歓声はさらに高まり、赤い炎を噴射してロケットが空に上がっていく。
画面にはロケットに搭載されているカメラからの映像もあり、ロケットの噴射も写っている。地上からの映像ではロケットは見えなくなった。
「…よかった。問題なさそうね…」
「そうですね。フロリダの飛び出す軌道は想定通りで問題はないです」
「彼らとはいつになったら、通信できるのかなぁ」
「できないです」
「え! そうなんですか?」
「機密事項が多いので特定時のみ可能です」
「そうですね。いつでもというわけにはいかないのですね… 仮想環境の改善状況を知りたかったけど…」
「私も確認したけど、問題なかったわ」
「そっか。なら安心ね。…宇宙かぁ。無重力だよね」
「詩織さんは、NASA用の仮想環境で体験していますよね?」と伊織が言った。
「そうだけど、体験と実際は違うでしょ?」
「体験と実際は違う? そうなんですか? 神木先生」
「私は宇宙空間に行ったことがないから仮想環境の無重力とどの程度違うのかはわからない。しかし、この仮想空間は現実の世界とはかなり違うよ」
「そうなんですか?」
「ここは、兔さんの理想世界のようなものだから、かなり違うよ」
「例えば、何が違いますか?」
「そうだなぁ。虫かな?」
兔さんと私が顔を顰めたが、子供達はなんともないようだ…
「虫? 昆虫ですよね?」
「そうだ」
「じゃ、昆虫も再現しましょうよ」
「「ダメよ!」」と私と兔さんの声が揃った。




