異動
「神木、君は来月から異動してもらう」
来月!?来月って、明日だよな。急だな…
「どちらの地区でしょうか?」
「本庁のDX推進部だ。この場所に9:00に向かうように」
所長が差し出したメモ用紙を受け取った。
「下がってよし」
「失礼します」
所長室の扉を閉め、大きくため息をはいた。本庁ってことは栄転ということになるのか?それとも、左遷なのか?
ごちゃごちゃと考えながら、部屋に戻った。
部屋に戻ると、部下の橋本が声をかけてきた。
「神木先輩!、所長の話は何だったんですか?」
「異動することになった」
「えー! どこに異動ですかぁ」
「本庁のDX推進部だ」
「本庁ってことは、栄転ですよね? DXって最近はやりのDXですか?」
「そうだと思うが、何も聞いていないので違うかもな」
「で、異動はいつですか?」
「明日からだ」
「明日!?…明日からって、そんな急な異動ってあるんですか?」
「さぁ。あるんだろうねぇ。時間がない! 引継ぎをするぞ!」
私は他の同僚に異動を話し、引継ぎの確認をあわただしく行った。
次の日、私は携帯で地図を確認しながら、東京消防庁の本部庁舎に向かった。
なにせ、下っ端なので本庁には行ったことがない…
受付を探すと、受付は端末で行うようだ。おねぇさんとお話ができると思ったが、残念…
端末で「DX推進部」を選択し、メモの受付番号を入力した。
すると、QRコードが表示された。携帯で読み込みURLアクセスすると案内してくれるそうだ。
携帯に従って行けばいいらしい… 消防庁もお役所なのでもっとアナログかと思ったが… 私が行くDX推進部ってこんなものを作っているなら、私は何ができる? ついていけない気がする…
携帯の案内に従い、エレベータに近づくと、即座に扉が開き7Fが選択されていた。
ブラウザからBluetoothなどの外部アクセスは不能なのに、どういう仕組みだ? ハッキングされたのか?
エレベータに乗ると7Fに止まり、「右側の通路を進んでください」と携帯からアナウンスがあった。
アナウンスに従い、右側の通路を進むと、携帯から「DX推進部に到着しました」と音声が流れ、扉が開いた。
位置精度がやたら正確だな… どいう仕組み? 監視カメラによる認識とプッシュ通知か?
部屋の秘書?が立ち上がり、「神木様ですね。こちらに…」と奥の部屋に案内してくれる。
秘書がノックし、扉を開け、「神木様がいらっしゃいました」と言った。
私は「失礼します」と言い、部屋に入った。
そこには、50歳代でスーツのいかつい男性がデスクに座っていた。
そして、20歳代の黒髪ロングのタイトスカートの女性が外を眺めていた。
男性が立ち上がり、「神木君。かけてくれたまえ」とソファーを指した。
「はい」
秘書がコーヒーを3つ、テーブルに置き出て行った。
「急にすまないね。私は所長の田中だ。山添君もかけたまえ」
ヒールなのに、音がまったくせず、ソファーに座った。
「山添君。後はよろしく」と言うと所長の田中は出て行った。
山添と呼ばれた女性は私を値踏みするように上から下に目線を動かし、少し口角を上げた。
「神木さんですね。私は山添です。今から移動しますので、詳細は移動中に行います。こちらに」
ソファーから立ち上がり、扉に向かった。私はあわてて後についていった。
「山添さん。どちらに移動でしょうか?」
「ついてきてください」
山添はそれ以上、会話をする気はないようで、廊下を歩いていく。
やっぱり、ヒールなのに靴音がほぼしない… どこに行くんだ?と考えながらついていく。
エレベータに近づくと自動で開き、行先もいれていないのに地下2Fで止まった。
エレベータホールを出ると黒の高級そうなワゴンの後部ドアが自動で開いた。
「神木さん乗ってください」
山添と車に乗り込んだら、車が走り出した。
「本庁は機密レベルが低く話ができないかったので、ここで説明しますね。私のことは香織とお呼びください」
「わかりました。で、本庁は機密レベルが低いのですか?」
「この車は機密レベルがS1で、本庁はS3になります」
本庁の機密が低い? そんなことに私が関係しているはずがない! 誰かと人違いしている?人違いなら、早めに知らせないと…
「あのぅ。私はシステムのメンテは担当していますが、救命士です。DX推進部への異動は人違いでは?」
「神木公人 28才。記憶喪失で発見され保護。身体の大きさから10才として登録。神木家の養子となり、いろいろあって消防庁に入省」
端末も何も見ずに私のプロフィールを? 全部覚えている?
私のプロフィールを言い切り、にっこり微笑み「間違っていないですよ」と言った。
「人違いではないことはわかりましたが、どうも納得できないです」
「そうですね… いくつか理由はありますが、きっかけは神木さんが実施した2月3日の救命活動の心臓マッサージです。覚えはありますよね?」
「はい」
「その方は移植手術を受けた方でした」
「もしかして、亡くなったのですか?」
「いいえ、元気ですよ。元気すぎることが発端です。移植手術後は免疫抑制剤が必要となりますが、彼は不要となりました」
「心臓マッサージと、免疫抑制剤が不要になることは関連性がないと思いますよ」
私の問には答えず、香織は話をつづけた。
「2月4日に彼の病室に行っていますね」
「警察との状況見分で彼の家族と会った際に、彼に会ってほしいと懇願されましたから…」
「そのとき、彼の隣のベットの患者さんが急変し、手を握りましたね」
「手を握ったというのは少し状況が違うかと… 急に苦しみ始めて、思わず私の手をつかんだという感じでした。医師が到着するまで患者を落ち着かせるために手を握っていました。おじさんの手じゃないほうがよかったですがねぇ」
場が少し緩くならないかと口調を少し変えたが、場は変わらなかった…
「その患者さんも移植手術を受けた方で、免疫抑制剤が不要となりました」
「私が移植患者に接触すれば、免疫抑制剤が不要になるということですか? そんなばかな!」
「そうですね… そんな特殊能力がある可能性は非常に低いと思っていますが、実験には参加していただきます」
「…わかりましたが、実験だけなら病院に呼びつけるだけで、出向なんて不要ですよね?」
香織は少し考えを巡らせているような表情をした…
「続きは着いてからにしましょう。もうそろそろ着きます」
「ところで、どこに向かっているのでしょうか?」
「市ヶ谷です」
車はビルの地下駐車場に入り、止まると扉が自動で開いた。
「神木さん。降りてください」
私は「はい」と答え、車から降りた。特別変わった場所ではなく、普通の地下駐車場だった。
「神木さん。携帯は持っていますね?」
「はい」
「携帯には神木さんのIDが登録済みで通行が許可されていますので、ついてきてください」
はぁ。また「ついてきてください」か…