通信切断の調査
生命科学室に行くと、橋田さんと河野さんが端末を見ていた。
「こんにちは、橋田さん、河野さん。橋田さん、久しぶりです。こんな所でどうしたのですか?」
「詩織さん、こんなところって… 橋田さんはここによく来ていますよ」
「やぁ。詩織さん。データセンタの負荷があがったり、NASAと通信が切れた問題の調査を依頼されていたんだ」
「原因はわかったのですか?」
「わかったよ。不可視の領域が2つも出来上がっていて、その領域が原因だったんだ。不可視なので何かわからなかったが、神木さんに聞いたら、温泉らしい」
「不可視の領域ってここからでも見れないのですか?」
「見れないよ。兎さんの部屋が不可視領域だよ」
「あ、そういえば、そうでしたね。でも、温泉っていいですねぇ」
「2つも作るから、GPUの処理が高くなったのですよ!」
「GPU? 前にきいたことがあるかも…」
「GPUはGraphics Processing Unitで画像処理用のチップだよ」
「温泉って処理が大変なんですか?」
「ものすごく大変なんだよ。お湯は流体だからその計算が必要なんだ。具体的には水面が揺れるし、湯気も表示している。レイトレースもしている。3D音源も採用しているからさらに処理量が増えている。アバターの位置によって聞こえる内容が違うからそれぞれ計算しなきゃいけない… いくら増強しても。増強分を使われる… そうそう、NASA用の仮想環境も大量の人が入るし、一部分だけ無重力の空間とか処理量が半端ないから、GPUの空きがない状態になっていたところに温泉だからねぇ」
「自然な感じを再現するのって大変なんですね」
「そうだよ。食べ物なんてすっごく大変なんだから! 噛んだら細かくなるから食感が変わるとか、味も変わるとかものすごく注文が多いんですよ。それに、森の匂いとか風とか森の土の湿った感じとか大変なんですから…」
しまった! 終わらせるつもりだったのに止まらないよ…
「そうなんですね。兎さんのQOLを上げるためにも必要だったのですよ。もうそんなに要求はないと思いますよ」
「QOL?」
「Quality of lifeです」
「生活の質ね。兎さんの要求が落ち着くことを願っていますがね…」
その願いは叶えられないような気がするけど… 話を変えなきゃ。
「NASAとの通信が切れた理由はわかったのですか?」
「NASAとの通信が切れたのは、ルータの障害だったようだけどちょっと怪しい」と橋田さんが不満そうに言った。
「ネットワークの障害ということですよね? だったら通信が途切れてもおかしくないのでは?」
「障害対策はしているので、設定に誤りがない限り切り替えが発生するはずなんだ。それなのに、2時間も通信が不能になるなんて何かあると思うんだよねぇ」
「ありえないということですか?」
「2重化した機器が両方とも壊れることも考えられるけど、それも迂回できるように準備しているから意図的ではないかと思っている…」
橋田さんや河野が見ていた端末の画面を見ると、いろいろなグラフを表示されている。
「橋田さん、このグラフってなんですか?」
「これは、NASAとの通信量のグラフで通信量が0になっているだろ?」
「そうですね。でも、隣のグラフは逆に増えてますよ」
「これは、解析のためにもらった情報で、NASA内側の通信量だよ」
「NASA側は正常だったということですか?」
「うーん。どうだろう。ネットワークの接続に失敗すると再送するから通信量が増えることはあるけど、ちょっと異常かな。NASAのネットワークの保守をしている人に聞いた話によると、急激にデータセンタの使用率も上がっていたらしい」
「NASA内で何かトラブルが起きたということですか?」
「そうではないようですよ。ネットワークもデータセンタも動作としては正常だったけど、こことの通信とJAXAとの通信が遮断されたみたいなんだ」
「JAXAも通信できなかったのですか?」
「不思議だろ?」
「私たちには見せたくないものがあったから?」
橋田さんと河野さんが顔を見合わせた。
「詩織さんはすごいことを言うね… 何か宇宙で私たちには見せられない実験をしたのか?」
「機密情報だから、ここからは見せられないと通達して切ればいいじゃないですか」
「そうだよな。じゃ、宇宙ステーションとの通信量がどうなっていたのかならわかるかもしれない」
「どうやって?」
「アメリカの天文学者が宇宙の電波を拾っているので宇宙ステーションとの通信量の変化はわかるはずだ!」




