兼務の仕事
人体実験が1週間経った時、香織さんが少し思い詰めた顔で部屋に現れた。
「香織さんおはようございます」
「おはようございます。神木さん。 今日は兼務の仕事をしてもらいます」
「はい。兼務という雑用?も仕事ですから… で、何をするのでしょうか?」
「着いてから説明します。ついてきてください」
久しぶりの香織さんの「ついてきてください」ね。いいねぇと思っている間もなく、香織さんは踵を返して扉を開けていた。
「河野さん、香織さんについていきますので、よろしくお願いします」
「わかりました。千秋さんには伝えておきます」
河野さんの「兼務の仕事は仮説検証が優先だから、当分入らないと言っていたから変だな」という呟きを聞きながら、香織さんを追いかけた。
黒塗りのバンに乗り、連れて行かれるところまで今までと一緒。行き先も教えてくれない。
香織さんは深刻な顔で話しかけるなオーラを出している。
御茶ノ水の病院ではなく逆方向のようだ。
別の場所? 車は速度を落として走行している。住宅街?何やら高級な家が並んでいるなと思い、電信柱の住所を見ると、渋谷区の松濤とあった。
車は門の前に止まった。
香織さんは、例によって例の如く、「ついてきてください」と言い車を降りた。
重厚な門には監視カメラがあり、香織さんは一ノ瀬書かれた表札の門をあけた。
そして、チャイムも鳴らさず玄関のドアを開けた。
鍵がかかっていないのか、自動で開いたのかがわからない。香織さんはこの家に自由に出入りできる人なのだろう。
ついて入るでいいよね?と思いながら私は「お邪魔します」と言って入った。
長い廊下の突き当たりの部屋の扉を香織さんが開ける。
そこに、ベッドに10代後半の女の子が寝ていた。そこには病院の一室のように脈拍を取得する機器だけでなく点滴の機器も設置されている。
香織さんは寂しく微笑み。「大丈夫。起きれるわ」と小さく呟き少女の頭を優しく撫でた。
そして、強張った口調で「神木さん、彼女を起こしてほしいの」と言った。
「『起こす』ですか?」
「そう。意識不明の状態で1ヶ月眠っているの。意識を戻してほしいの」
香織さんと少女は姉妹か、近い関係で、どうして意識不明を治したいという必死さが伝わってきた。
「香織さん。ご存知かと思いますが、私は医者じゃないですよ」
「お願い! 起こして!」
昨日までの人体実験や兼任の仕事ではなく、香織さんが無断で実施しているのではないか?
後で千秋先生に文句を言われるかなぁ。でも、美人の頼みは断らない主義なのでいいか…
でも、昨日までの検証の実施しかできない。
「『共振』の検証と同じでいいでしょうか?」
「お願いします。 …ごめんなさい…」最後は消え入るような声で答えた。
やはり、無断なのか?
千秋先生に私も怒られるだろうな… でも少女を起こす王子様になって、香織さんに感謝されることでチャラかな。
私は脈を取るために首筋に右手を当て、左手で彼女の右手を取った。手はかなり冷たく、体温が奪われる感じがした。
「香織さん。彼女の名前はなんでしょうか? 呼びかけで必要なんです」
「詩織です」
「詩織さんですね。わかりました」
「詩織さん! わかりますか!」と2度呼びかけを行った。
心拍計がないから、心拍が同調しているかどうかがわからないけど、直感が『共振』していると告げている…
「香織さん。変化がないようですが、続けますか?」と言うつもりが、最後まで言えずに気を失った。
詩織の登場です。まだ眠っていますが... ;-)




