19 ライジング・ヒーローガール!
駅前の商業ビル群の近くに怪人が出た、と手持ちのスマートフォンに速報が流れる。
急にアラートを鳴らすのは勘弁してほしいのにと鼻を鳴らしながら、佳音は速報通知をスワイプして消した。
女子高生の放課後の買い物タイムを邪魔した罪は重いぞと口を尖らせながら、そのまま、隣を歩く友人に声をかける。
「駅前だって。近いねー。あたしたちも避難しとく? りぃちゃん」
「え、あ、そそ、そう、ね。そうよね」
妙にそわそわしながら、長い黒髪を揺らして辺りを見回す理子はしかし、怖れているような様子ではない。
「りぃちゃんと買い物に行くの、楽しみにしてたのになー」
「あ、あの、佳音。ごめん! ちょっと急用が……!」
「ちょっ、りぃちゃん!?」
何かを決意したように駅前に向かって走り出す理子に向かって手を伸ばすが、彼女は振り返ることなく去ってしまった。
所在なく伸ばした腕をゆっくりとおろし、佳音は口の端をきりりと上げる。
「なぁんて、ねー。何も知らないオトモダチでいた方が邪魔にならないもんね」
路地裏にするりと身を隠し、カバンからスマートフォンをいくつも取り出す。なれた手つきでそのうちの一つを操作していく。
「はーい、報道ドローンの制御権いただきぃ。りぃちゃんは……と。あ、見つけた! ひゅー、間に合った。まだ変身してない!」
ドローンから送られてくる映像を、食い入るように見つめる佳音。見られていることに気づかない理子。彼女は駅前から避難する人の波をかき分け走っていく。
喧噪の中心、暴れる怪人は一つ目の鬼のような姿をしていた。その身長は実に理子の二倍はある。
転んで逃げ遅れた子供に迫る怪人。踏みつぶさんとばかりに足を上げて、恐怖に染まる力なき存在へと理不尽を振り下ろす。
アスファルトが砕け、土煙が上がる。その土煙の先に、子供を抱えた理子の姿。そっと子供をおろして逃げるように促した彼女の瞳は、怒りを映していた。
「ああ、りぃちゃん! なんって絵になる助け方!! 無変身でもさすがの身体能力ぅ! ちょ、ちょ、今のリプレイしたい!!」
ドローン数機を操り、VAR判定をセルフで行う佳音。彼女は、いわゆるヒーローオタクだった。取り出した複数の端末にはそれぞれ現場の映像が別角度から流れている。
さまざまなアングルからの、間一髪の救出シーンをリアルタイムで編集しながら、理子を正面から捉えているものからは決して目を離さない。
「ドローン映像だけだと音声が拾えないのがツラい……!! 他にジャックできるのは……あったぁ!」
避難した人が落としたであろうスマートフォン。地面に落ちているそれをコンマ数秒でハッキングして録音機能を作動させ、ドローンの映像と同期させる。
『──対に許さないんだから! ステラチェンジ!!』
理子が腕を高々と上げ、変身を宣言。瞬間、彼女の体は光に包まれる。
夜空のような黒髪は、輝く星の白銀へ。身にまとうは、夜明けを思わせる曙色のボディスーツ。胸元には星を模したデザインが輝き、抜ける青空のような天色のマントをなびかせる。
変身を終えた彼女は、しっかりと大地を踏みしめ、仁王立ちしていた。
『星の護り手、ジャスティ・ステラ! あなたを宇宙へ還す名前よ、覚えておきなさい!!』
怪人の敵意が強く、咆哮と共にステラへ向けられる。
「んはぁん!! 変身口上が聞けた……! ナイス私! ナイスハッキング!!」
画面の向こうでは緊迫した正義と悪の戦いが始まろうとしているが、画面のこちらではテンションストップ高の佳音がだらしのない顔をしている。
理子――いや、ステラと名乗った正義の存在は地を蹴って怪人に急接近し、ガードされるよりも早く拳を見舞う。吹き飛んだ怪人がビルにぶつかるよりも速く、ステラは怪人に追いつき、打ち下ろして追撃。アスファルトに衝撃が走った。
「圧倒的だよぉ!! カ"ッコ"い"い"よ"ぉ、ステラぁ!!」
感動の涙と鼻水を無遠慮に流して佳音は叫ぶ。その手には、いつの間にかペンライトが握られていた。
変身した以上、もう彼女のことを理子とは呼ばず、律儀にヒーロー名であるステラと呼ぶ。佳音の、ヒーローオタクとしての矜持がそこにはあった。
戦闘を続ける怪人とステラの様子を眺めながら、映像編集の手も休めない。
怪人の、右の大振りがステラを狙う。
ステラが反応するよりも先に、佳音が叫ぶ。
「キタコレ!! ステラの得意パターン!! 最小限の動きで右をかわしてからのぉ、腕に飛びついてぇ!! その勢いを利用して体を回転させて宙に浮いて相手の背後をとってからのぉ! はいキタ延髄に叩き込む強烈な打ち下ろし気味の回し蹴り!! 決まったぁぁ!!」
佳音の実況通りにステラの蹴りが怪人の首を打つ。低い叫び声をあげ、怪人が倒れる。
何十、何百、何千と繰り返し編集した『ステラ名場面集』を見ている佳音には、ステラの動きが手にとるように分かる。ペンライトを握る佳音の手に力がこもる。
「今だよー! ステラー!! がんばえステラ―!!」
大きく隙のできた怪人から二度三度バク転して距離を取り、ステラが跳び上がるために全身に力を溜める。青白く輝きはじめる彼女の体。
『これでとどめよ! 宇宙に……還してあげる!!』
「キメ台詞ありがとうございますぅぅ!!」
ステラに聞こえていないのをいいことに、佳音は絶叫にも似た歓喜を示す。
高く、ビルよりも高くステラは跳び上がる。もちろん、すでにそれを見越して映像ドローンは配置済みである。
『ジャスティ! ミーティアインパクトォォォォォ!!!』
ステラの持つエネルギーを足に集約させて放つ、超高度からの飛び蹴り。
さながら流星の一撃ともいえる彼女のこの必殺技は、輝きとともに怪人を撃ち抜き、光へと還した。
高密度エネルギーに押し出された周囲の大気が渦巻くように戻ってきてステラのマントをはためかせた。
「完・全・勝・利……! ありがとう、今日もありがとうステラぁ……!!」
号泣である。
残像でペンライトが扇に見えるほど振っている。
◆
必殺技の余波で、録音を任せていた端末が壊れたらしい。ドローンの大半も吹き飛んだ。コンビニの店外監視カメラでは画質が荒い。
ステラは変身を解かずに、まだ何かを警戒していた。
「よーし、それじゃあ、待ってくれてるみたいだし行っちゃおうかなぁ! ……魔鎧装」
佳音がつぶやく。彼女から伸びた触手のようなケーブルはいくつものスマートフォンや周囲の機器を取り込んで鎧のように彼女を包んでいく。
路地裏から出て、バイクや車を触手で破壊し必要な部品を自らの外装に組み込む。駆動系を取り込み、バーニアを吹かして駅前まで瞬時に移動する佳音。
ステラの目の前に着いた頃には、完全に佳音を覆うようにスクラップでできた外装が完成していた。
「ごきげんよう、ジャスティ・ステラ」
「魔帝軍幹部……デスキャノン!!」
ノイズ交じりの電子音に変換された佳音の声が響く。
「飛び回ってたドローンはあなたの仕業だったのね」
「いかにも。今日こそ貴様の息の根を止めてやろう」
「怪人をぶつけて疲れたところ狙うなんて相変わらず卑怯ね。でもおあいにく様。まだまだ余力はあるわ」
「ふ、口の減らぬヤツよ……」
佳音――デスキャノンは右腕を伸ばし電磁砲を放つ。ステラは拳を固めてそれを撃ち落とした。
「ね。余裕余裕。今日こそあなたを、宇宙に還してあげるんだから」
「やってみるがいい!!!」
互いに駆け寄り、両腕を突き出して組み合う。衝撃で互いの足元が割れ、一段沈み込むが双方、力を緩めることはない。
デスキャノンの胸部装甲が開き、レーザーが放たれる。ステラは首を捻ってそれを躱し、ガラ空きの射出口に頭突きを見舞う。
「ぐぅっ……!」
「まだまだぁ!!」
ひるんだデスキャノンを見て、好機とばかりにラッシュをかける。ステラの右拳が光り、力を込めた一撃がミシミシと外装を抉りながらデスキャノンを吹き飛ばす。
――んはあ"ぁ"ん、やっぱり直に受けるステラの攻撃も最高……!!
外装の中の佳音の顔は緩みっぱなしである。
理子が正体を隠したヒーローであるのと同様、佳音も正体を隠した悪役だった。
「これでもくらうがいい!」
外装背後のバックパックからミサイルを乱撃。
ステラはそれらの間を縫うように距離を詰めてくる。
「遅いのよっ!」
「お、おのれぇッ!!」
ステラの全身が光り、それと比例して駆け寄るそのスピードは加速度的に上昇していく。
――はぁぁあん。一日に二種類も必殺技が見られるなんて最高! よろしくお願いしまぁす!!!
「ジャスティ! ミーティアスマァァァァッシュ!!!」
「お、おのれまたしてもぉぉぉ!!」
外装の爆発に紛れて、佳音は密かに離脱する。
爆発を背景にマントをなびかせるステラをしっかりと確認し、満足そうに頷きながら。
「また、手ごたえがなかった。……逃げられたのね」
そう呟いて、ステラは変身を解き理子の姿へと戻る。
ため息をつく理子にかけられる声。
「おーい、りぃちゃーん」
「か、佳音!? ど、どうしてここに!?」
「心配で追っかけてきちゃった。大丈夫だった?」
「え、あ、うん。えっと、ヒーローが、助けてくれて……」
「そかー。でも、りぃちゃんが無事でよかった!」
佳音は、目的をもって悪を遂行している。
正義が正義であるためには、悪が必要なのだ。
正義のために、悪であることを選んだ。
――りぃちゃんのためなら、世界を敵にするくらいどうってことないもんねぇ。
理不尽に人類の上位存在に力を授けられてしまった理子を助けるついでに、佳音は自分の趣味の道を驀進し続けている。
本来、理子が相手にするはずだった悪の組織は佳音によって殲滅済で、そのテクノロジーや怪人生産力を彼女は拝借しているのだ。
「ね、りぃちゃん! 今から買い物行こうよ!」
「ちょ、ちょっともう佳音! 引っ張らないでよ」
女子高生が二人、戦闘跡の残る瓦礫を背に。青空の風を受けて駆けだしていった。




