14 Nameless squad
2189年12月17日(人類滅亡より約130年)
旧日本首都エリア 廃墟となった都市
深夜、多摩川に沿って障害物を避けながら超低空で1機のステルス汎用ヘリが高速で飛行していた。目的地は在日米軍基地として使われていた旧横田空軍基地。
「目標地点まで後3分」
ヘリを操縦する機長の機械的な声がインターコム(機内通話装置)を通じ、後方のキャビンに座る4体の完全武装の女性型アンドロイド兵士に伝えられる。
そう告げた機長も航空機の操縦に特化したアンドロイドだ。
「総員、降下準備」
「了解」
分隊長を務める銀髪・ポニーテールで整った顔立ちのアンドロイド、個体識別名『S951』が隊員達に命令を下す。
ヘリを操縦するアンドロイドに比べると人間に近い話し方をする彼女達は、外見も人間そっくりで区別がつかず、全員が10代後半の美少女の姿をしていた。
なぜなら、開発期間短縮のために人類が存続していた頃の設計思想を流用したからで、人質救出時に威圧感を与えないよう見た目や仕草も人間に近い方が望ましいとされていたからだ。
「目標地点まで後30秒」
降下予定地点が目前に迫る。廃墟となった都市の地上に明かりはないが、人間の眼球に相当する光学センサーに暗視装置が内蔵されたアンドロイドには何の支障もない。
「目標上空、目標上空」
「降下」
ヘリがホバリングすると同時に胴体側面の両側にあるスライドドアが開き、4体の隊員達が左右から2体ずつ機外に飛び出した。その後、ヘリは安全な空域まで退避する。
完全武装の人間の兵士が高度20ftでホバリングするヘリから飛び降りれば確実に負傷するが、彼女達は特殊作戦仕様の軍用アンドロイドだ。この程度は余裕でこなせる。
「私に続け」
「了解」
着地したS951が命令を下す。地面のコンクリートはひび割れ、いたる所に砲撃や爆撃による無数のクレーターが残る基地の駐機場だった地区を一列縦隊で警戒しながら移動していく。
GPSは100年以上前に機能を喪失しているが、彼女達の電子頭脳には基地の詳細なマップデータがダウンロードされており、光学センサーからの映像やレーザー測距儀で得られたデータを組み合わせる事で自分達の位置を正確に把握していた。
だから、地上部分の損壊が激しくても目標の施設へは迷う事なく辿り着く。だが、施設を警備するように軽自動車サイズのカニに見えなくもない機械の敵が2体いた。
「敵を発見。排除しろ」
「了解」
アンドロイドだけに情報の共有や標的の割り振りも一瞬である。向かって左側の敵をS951、右側の敵は部下の1体の担当になった。
銃口にサプレッサー(減音器)を装着した彼女達専用のアサルトライフルを短く連射。乾いた音と共に発射された高速徹甲弾が敵の弱点部位を的確に捉え、ほぼ同時に2体を撃破した。
「クリア」
周囲に他の敵がいない事を確認したS951が安全を宣言する。そして、全員でMEs(金属製敵群)と呼称される敵の残骸の脇をすり抜け、施設内部への進入口を探し始めた。
◆
2030年に数百m級の隕石の形で世界各地に降り注いだMEsは、急速に増殖しながら問答無用で人類の殺戮を開始。高い戦闘能力と圧倒的な物量をもって各国の軍を撃破し、化学兵器まで使って人類を殲滅していった。
なぜMEsが人類をそこまで敵視するのかは不明だったが、滅亡の危機に瀕した人類は執念で対MEs用人工知能を開発。その人工知能にMEsの殲滅と人類の復活を託して滅んだ。
いま地球上で活動する全てのアンドロイドは、人類滅亡後も忠実に指令を守っている人工知能が兵器として開発した物であり、目的もMEsの排除と人類復活である。
◆
数分後、S951は崩落を免れた進入口を見つけた。
「ここから施設内へ突入する。警戒を怠るな」
「了解」
施設内部の通路をしばらく進むと、地下へ下りる階段があった。そこを調べ、特に問題がない事を確かめた彼女は部下を引き連れて地下へと向かう。
「ここだ。間違いない」
階段を下りた先、地上よりは損傷の少ない無機質な空間は巨大な金庫室のようだった。侵入者を拒む重厚な扉が中央に鎮座している。
「あの扉を開けろ」
「了解」
S951の命令を受けた部下が扉に近付く。トラップ解除やハッキングの技術を持ったアンドロイドで、安全を確認すると早速、扉の電子ロックの解除に取り掛かった。
100年以上昔の技術で作られた電子ロックの解除はすぐに終わり、いとも容易く重厚な扉は開かれる。中からは微かに冷気が漏れ出ていた。
「よし、入るぞ。お前たちは残れ」
「了解」
2体のアンドロイドを警戒のために残し、S951とロックを解除したアンドロイドが扉の奥へと進む。そこは大量の電子データを保管するサーバールームだった。
機密情報を扱う関係で外部のネットワークからも完全に切り離されており、そこにあるデータを回収するには直接赴く必要があった。
それ程の価値があるもの。人類復活の鍵、それがここにあると言われている。もっとも、同じような施設は世界中にあり、ここはS951が訪れた46か所目だった。
「データをダウンロードしろ。その間に私は爆弾を仕掛ける」
「了解」
サーバー内のデータが本物かどうかは本部に持ち帰って解析してみないと分からない。MEsに情報を奪われないための策だ。
実際、彼女が訪れた施設の中には、MEsに情報を奪われた痕跡のあるものもいくつかあった。また、任務中にMEsと交戦して仲間を失った事も1度や2度ではない。
彼女が分隊長なのは、それだけ多くの任務に参加して破壊されなかったからでもある。
「ダウンロード、終わりました」
「外の2体と合流しろ。私もすぐに合流する」
「了解」
最後の爆弾を設置し終えたS951は20分後に起爆するようタイマーをセットし、外へ出て扉を閉めた。そして、待機していた部下達と共に施設の地上部分まで戻って来る。
「本部よりネームレス、聞こえるか?」
「こちら、ネームレス。何かあったのか?」
「敵の大群が接近中だ。あとどれくらいで完了する?」
「今から脱出するところだ」
「では、ポイントCへ向かえ。そこに脱出用のヘリを待機させている。以上だ」
「ネームレス、了解」
本部からの緊急通信を受け取ったS951は部下達にも手短に状況を説明すると、通路を駆け抜けて進入口の所までやって来た。そこから外の様子を窺う。敵がいた。
「墜とせるか?」
「いけます」
「よし、やれ」
精密射撃が可能な部下に指示を出す。その部下は素早くマークスマンライフルを構えると、ドローンのような形状の飛行偵察型MEsを1発で撃ち抜いて撃墜した。
「行くぞ、脱出だ」
「了解」
S951を先頭に分隊全員が外に出て走り出す。脱出地点までは直線距離で800mなので、彼女達の性能を考えれば遠くはない。
「止まれ!」
異変に気付いたS951が咄嗟に分隊を停止させる。その直後、彼女達が進もうとしていた先で複数の爆発が発生し、大量の砂利と一緒にコンクリート片が舞い上がった。砲撃だ。
「全員、あそこへ走れ!」
そう言って彼女が指さした先にあったのは航空機用の掩蔽壕だった。敵の攻撃から航空機を護る設備なので判断としては正しい。
しかし、掩蔽壕に逃げ込んだ事で安全は確保されたが、断続的に続く敵の砲撃で身動きが取れなくなってしまった。このままでは包囲されて全滅するのは時間の問題だ。
「ネームレスより本部。敵の砲撃に晒されて身動きが取れない。支援を要請する」
「こちら、本部。これより、航空支援を実施する。指示があるまで現在地で待機せよ」
「ネームレス、了解」
本部との通信終了から数秒後、遠雷のような音に続いて地面の振動が彼女達のいる場所にまで伝わってきた。すると、先程までの砲撃が嘘のように止まる。味方の航空部隊が敵砲兵を吹き飛ばしたのだろう。
「本部よりネームレス。移動を再開しろ」
「ネームレス、了解。支援に感謝する」
掩蔽壕を出て移動を再開した彼女達の進路を塞ぐように複数のカニ型MEsが展開する。それを見た彼女達は素早く左右に散らばって遮蔽物の陰に身を隠すと、各々の判断で応戦していく。
結果、多少の損害は気にせず軽機関銃を乱射しながら前進してくるMEsと、互いに援護しつつ的確な射撃で各個撃破していくネームレス分隊という構図が出来上がった。
「リロード!」
分隊の誰かが空になったマガジン交換のために射撃を止めると、他の3体が射撃密度を上げる。こうして射撃を途切れさせない状況を作った分隊は、最終的に30体以上のMEsを撃破して自力で進路を切り開いた。
「全員、ヘリに乗れ! 脱出だ!」
その後も散発的に現れる敵を走りながら撃って排除し、ついに脱出地点で待つヘリに辿り着く。分隊長であるS951は部下を先に収容するため、最後まで機外で戦っていた。
「私で最後だ! 離脱しろ!」
射撃を止めて上昇し始めた機体に乗り込みながら機長に指示を出す。まさに、そのタイミングで敵の発射したロケット弾が至近距離で爆発した。
「くっ……!」
爆発の衝撃で機体が激しく揺れ、彼女が振り落とされそうになった。だが、咄嗟にスライドドアの持ち手を左手で掴んで必死にしがみつく。
「行け、もう時間がない!」
敵の放った銃弾が機体に当たり、金属同士のぶつかる音が響いて火花も散る。次の瞬間、サーバールームに仕掛けた爆弾が一斉に起爆した。
衝撃と炎がサーバー本体や冷却装置を稼働させていた発電プラントにまで到達し、プラントそのものが暴走して誘爆、大爆発を起こして地上部分に集まっていた敵ごと施設を跡形もなく吹き飛ばした。
「ぐっ……、うぅ……!」
2度目の激しい揺れが機体を襲う。アンドロイドならではの怪力でしがみつくS951。やがて機体が戦闘地域から離れて安定すると、彼女は部下によって機内に収容された。




