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第三十四話

 ***





 久しぶりに夢を見た。これはいつもの夢だと直感的にわかる。意識がはっきりしているのに、声も出せず実体もないのは、この夢の特徴だ。


 聖の前にはもといた世界がテレビ画面のように映しだされている。そこに移っていたのは、陽一と誰かも知らない女子生徒の姿だ。


 二人は下駄箱にいて、陽一が上履きから外履きに履き替えるのを女の子は近くで待っていた。


 自分が知っている陽一の顔とは少し違う。それに下駄箱の場所も自分の記憶とは異なっている。よく目を凝らしてみると、下駄箱に置かれたクラスプレートに「3-2」と書かれていた。


 陽一は彼女に向けて笑みを浮かべており、並んで学校を出ていった。


 二人の声は聞こえないけれど、周囲が冷やかすように陽一に声をかけているのが見て取れる。それに照れながらも満更でもなさそうな陽一の顔。


(時間の長さが違うのかな……)


 聖がこちらに来てからまだ数ヶ月しか経っていない。あの頃、聖はまだ高校に入学したばかりだった。けれど、陽一がいる世界ではもう二年の月日が経っている。


 そういえば、陽一が聖を捜してくれていたときの制服は冬服だったが、あれは初夏ではなく秋頃だったのかもしれない。


 思い返してみれば空に薄い雲がかかっていたような気がする。勉強内容がまったくわからなかったのも、だいぶ先に進んでいたからだとしたら納得だ。


(陽ちゃん……幸せそう)


 門を出たあと、陽一は彼女と手を繋ぎ、なにやら楽しそうに話している。


 この世界に来ていなければ、今も彼の隣にいたのは自分だったはずだ。けれど、不思議とそれを悔しいとも悲しいとも思わなかった。


(よかった……)


 自分を必死に捜す陽一の姿を見なくて済み、聖は心底ほっとしていた。彼の記憶から自分がいなくなってしまったことは悲しいけれど、これでいいのだと思えた。


 陽一がもしも聖を覚えていたなら、たとえほかに大事な人ができても、聖を捜すことをやめなかっただろうから。


 彼が今幸せならば、聖の記憶は必要ない。それでいいと思った。


 聖はもう、あちらの世界の住人ではなくなってしまったのだ。


 はっきりと元の世界に決別できた。未練がないとは言えない。両親や陽一、それに友人にも会いたい気持ちは残っている。


 ただ、この世界にも守りたい人ができた。自分を守るために必死になってくれた人がいる。ならば、こちらで必死に生きていきたい。


 たった独りで闘おうとしているオーウェンを支えたいと、そう思うのだ。自分の命を守るためにも。


 きっと、この夢を見るのはこれが最後だろう。陽一の顔を見るのも。


 聖が父と母を思い出すと、画面が切り替わった。どうやら朝のようだ。見慣れたテーブルについた両親が、朝食を食べている。当然、聖がいつも座っていた席に朝食はなかった。


(お父さん、お母さん、私は、絶対……忘れないから)


 目に焼きつけるように画面を見つめる。すると、なにかに呼ばれたかのように両親が天を仰いだ。目が合い、真正面から彼らの顔を見つめる。


 実体はないのに、身体中が燃えるように熱くなり、目の前が滲んだ。心が涙を流しているのだろうか。意識が砂が風に流されるように薄くなり、涙に乗って空気中に溶けていく。


(大丈夫、私はこっちの世界で生きていく)


 聖が目を開けると、天蓋に覆われたベッドで横になっていた。この光景にも慣れたものだ。身体はまだ目覚めていないのか、やけに動きにくい。


「ん~」


 聖は寝返りを打とうと身動ぐ。すると背後でもぞもぞとなにかが動いた気配があり、身体にかかる重さの正体がはっきりとわかった。


(そうだ……私、オーウェンと寝てたんだ……っ)


 背後から抱きかかえられるように腕が回され、背中にオーウェンの胸元の温かさを感じる。女性とは違う、陽一よりもはるかに硬くて太い筋肉質な太腿が足にあたっていた。


 落ち着いて寝ていられるはずもなく、どうにか抜け出そうともがくと、聖の動きで覚醒してしまったのか、オーウェンの身体がびくりと震え、背後から声が聞こえた。


「……セイ?」


 寝起きの掠れた声が、耳のすぐ近くで聞こえる。鼻にかかったような甘い声を聞いていると、鼓動が壊れてしまいそうなほど速まる。


「お、おはよう」


 ずっと後ろを向いているわけにもいかず、聖はオーウェンの腕の中で身動ぎ、彼の方に身体を向けた。しかしすぐに後悔する。


 着崩れた寝衣からオーウェンの逞しい胸元が見えていた。


「あぁ……おはよう。早いな」


 オーウェンはまだ寝ぼけているようで、距離を取ろうとする聖の身体を引き寄せ、頭を抱えるように抱き締める。


「オ……オーウェンっ」


「ん、もうちょっとだけ」


 彼にそんなつもりはないはわかっている。ただ寝ぼけているだけだろう。だが、彼への気持ちを再確認してしまった聖からすると、たまったものではない。


(毎日……こうなるの……?)


 聖の心臓は持つだろうか。先ほど、陽一や家族と決別をしたばかりだというのに、オーウェンに抱き締められただけで、頭が彼でいっぱいになってしまうだなんて。


(両思いじゃないけど……婚約者なんだから、許されるかな)


 聖は強張った身体から力を抜き、オーウェンの胸元に顔を埋めた。腕をそっと背中に回し、頬を擦り寄せる。


 オーウェンの匂いに包まれているようで、覚醒したはずなのに、またうつらうつらとしてくる。深く息を吐くと、瞼が重くなり、目を開けていられなくなる。


 意識が夢に落ちる瞬間、唇になにかが触れた気がした。



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