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第二話



(ん? あれ?)


 夢でも見ているのだろうか。それとも目がおかしくなったのか。先ほどまで自分は教室にいたはずなのに、目の前にある光景は自分の知るどれとも違っていた。


 視線を下に落とす。足下には複雑な図形が描かれていて、ミミズがうねったような文字でなにやらいろいろと書いてあった。


「なにこれ……ここ、どこ?」


「成功だ! 聖女様が降臨なされた!」


 撮影スタジオにでも来てしまったのだろうか。これはやはり夢だろう。教室にいたはずの聖が、窓のない薄暗い部屋にいるはずもないのだから。


 広さは学校の教室と同じくらいだろうか。石壁に掛けられたランプが等間隔に並び、その明かりが室内をぼんやりと照らしている。


 聖を囲むように、剣を腰に携えた体躯のいい男たちが立っており、それぞれの格好はまるでこれからコスプレイベントでもあるのかと思うほど煌びやかだ。


 そして目の前にはやたらと派手なイケメンがいた。


「聖女様、立てますか?」


 金髪、碧眼のイケメンが聖に手を差し出してくる。目鼻立ちが整っているどころではなく、完璧な造形美だ。きりりとした目に金色に輝くまつげ。鼻筋は通っていて、肉厚の唇から漏れる吐息にさえ一つの芸術作品としての価値があるように思えてくる。


「聖女様ってなに?」


 まだ頭がふらつくような感覚がする。聖は男の手を借りて立ち上がった。


 なにやらいやな予感がしながらも首を傾げて聞くと、男性は真剣な目をして口を開いた。


「私はオーウェン・グリニッジ。ここグリニッジ王国の第一王子であり、聖女部隊と呼ばれる聖女の護衛である第一騎士団の団長をしています」


「王子……で、私が聖女ってこと? っていうか、ここどこ?」


 聖はつい先ほどまで教室にいたはずだ。これは夢だろうか。


(え、まさか、なにかがあって死んだとか? ここ死後の世界?)


 それはない……はずだ。ここに来る直前の記憶を思い出せるが、眩しさと足下がぐらつくような感覚がしただけ。死んだなど信じられないし、信じたくもない。


 聖は周囲を見回しながら、パニックになりつつある頭を抱えた。


 目の前にいるのは本物の王子様。軍服というのだろうか。学ランにも似た形の詰め襟で首や袖に刺繍が入っている。腰には剣を携えていた。豪華な衣装は、これまた驚くほど金髪美形に良く似合っている。


「ここは王宮にある離宮の一つです。前聖女様が亡くなったため、新しい聖女様が必要になり、あなた様を召喚させていただきました」


 オーウェンと名乗った男は柔らかい眼差しで聖を見つめながら、そう説明した。


 聖女として自分が召喚されたなんてドッキリにもならない。むしろ、聖を騙すなら勇者として召喚されたと言った方がまだマシだ。けれど、目の前の男はうそや冗談を言っている雰囲気でもない。


 ぎゅうと頬を抓る。痛みがじんと伝わってくる。


「夢、じゃない?」


「えぇ」


 それでも訝しむ気持ちは消えない。寝て目が覚めたら、家のベッドで寝ているかもしれない。そんな期待をしてしまう。


「だって……召喚とかあるわけない」


「とりあえず、あなた様のお名前を教えていただけますか?」


「私は……吉川聖」


 混乱しながらも質問に答える。もしもこれが現実なのだとしたら、彼に逆らうのは得策ではない。自分はここで生きていく術さえないのだ。


「セイ様、ご安心を。グリニッジ王国に置いては、聖女様はなにより尊ばれるものとされております。聖女としての役割さえ全うしていただければ、あなた様の望むはどんなことでも叶えましょう」


 そんなことを言われても安心などできるはずもなかった。


 聖女はなにより尊ばれると言っているが、オーウェン以外の誰からもそんな温かな視線は感じない。皆、笑っているように見えるが、傲慢さが隠し切れていない。聖を侮っているのが明らかだ。


「聖女としての役割って?」


「森で発生する瘴気を祓っていただきたいのです」


「その、瘴気ってのを祓い終われば、帰してくれるの?」


 聖は懇願するように切り出した。どうかそうであってくれと願う。怖くてオーウェンの顔は見られなかった。膝の上で震えそうになる拳を握りしめ、唇を噛みしめる。


「帰して……くれるんだよね?」


 二度の問いにオーウェンは答えなかった。それが答えなのだと認めたくはない。


 聖は椅子から立ち上がり、オーウェンに縋りついた。彼の胸元を掴み、強く揺さぶる。襟ぐりを掴まれても、彼は申し訳なさそうな顔をしてされるがままになっている。


「いやだ、私、元の世界に帰りたい。お願い、帰してよ。好きな人がいるの。家族がいるの……友だちだって……っ」


「申し訳ありません、それはできないのです」


「なんで……っ!」


 こらえていた涙がぼろぼろと溢れだし、か細い悲鳴のような声が漏れる。


「瘴気は次々に発生します。前聖女は数ヶ月前に亡くなりました。今、この国にはあなた様しか聖女がおりません。森に蔓延る瘴気を祓えるのは聖女だけ。ですから、次の聖女様を呼ぶまでは、なにがあっても帰すわけにはいかないのです」


「じゃあすぐ呼んでよ!」


「それは無理です」


「どうして……っ」


「それは……」


 オーウェンは唇を噛みしめながら、口を噤んだ。どんな事情があるかは知らないが、次の聖女がこの世界に来るまで、聖は帰れないのだろう。


 やはり聞かなければよかった。確かめなければよかった。


 オーウェンは第一王子だと言っていた。ならば、自分を呼びだすよう命じたのは国王だろう。聖の承諾なしに呼んだのだから帰す義務があるではないか。呼んでほしいなんて頼んだ覚えはないのに。


「なんで……なんで私なの……っ」


「異世界から呼ぶのは誰でもいいわけじゃありません。あなた様は聖魔法に適性があったから選ばれました」


「選んでなんてほしくなかった!」


 聖は胸が絶望に染まっていく。全身がかたかたと震え、息が吸えない。


 どうして自分がこんな目に遭わなければならないのだろう。もう二度と陽一と会うことはできないのだろうか。家族とも。友人とも。


 そして、この国の人たちのために、危険を冒して、瘴気を祓わなければならないのか。帰れもしないのに。

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