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道化の庭園  作者: marvin
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第五話 証言

 十三人の地球領主が支配する人類世界の盛衰は、すべて予測の範囲内にある。銀河の三割に及ぶ広大な人類版図は、その広大さゆえに確定的だ。ところが、それを上回る強大な不確定要素がひとつだけあった。

「アウターは我々の未来を脅かしかねない」

 宇宙に進出した地球人が千年後にして初めて出会った異文明は、その規模も構成も未だ正確に把握できていなかった。情報も極端に少なく偏っている。

「確かに彼らとの接触は私たちの間でも意見の分かれるところだな」

 アリスは憮然とそう言った。こうして安寧と退屈を謳歌する神々の地位は、ひとえに人類世界の中でのみ成り立っているからだ。

「それで、あなたはガラハッドがアウターとの取引きのせいで殺されたって言いたいの?」

 ララ・ムーンは円卓に映るガラハッドの死体越しに、バベルの間延びした顔を睨んだ。バベルがそれに応える前に、論争の主因としての立場を思い出したガラハッドが口を挟む。

「そんな、アウターとの交易なんて皆さんも進めていることでしょう?」

 もちろんその存在は公ではない。市民は未だその存在さえ知らないのだから。

「君は我々に執着する一部の狂信的な種族と接触しているようですね」

 バベルはガラハッドに矛先を向ける。

「制御はできています。策もある。貴方の心配は無用です」

 ガラハッドが反論した。僕は肩を竦めそうになるのをじっと堪えていた。

「性急すぎる」

 バベルは切り捨てた。

「焦っているのでは? ガラハッド」

「何を焦ると言うのです、バベル」

 感情を見せるガラハッドに対してバベルは天然のポーカーフェイスだ。今日の彼――恐らく「彼」だろう――は低重力下の昆虫めいた容姿をしていて、表情がうまく読み切れない。

「いつまでも保護者同伴は嫌なのだろう?」

 そう指摘されたガラハッドは顔色を変え、短く息を吸い込んだ。

 アリスに繋がる家系にあって、今も彼の経済圏の半分はララ・ムーンの庇護下にある。そういう意味ではガラハッドの地位はすべて与えられたものだ。地球領主の一端にはいるが、自ら築いたものは何もない。

「若者を責めるなバベル、彼は被害者だ」

 イーフリートが不快気に言った。

「一〇〇歳を過ぎても若者なのですね」

 だが拗ねたように呟いたのはガラハッドの方だった。

「それで、ガラハッドが殺されたのはどうして?」

 ララ・ムーンはバベルに問い直した。平静を装っているものの、今ごろ怒り狂った彼女のエイリアスたちは銀河のあちこちでバベルの商圏を切り崩しているに違いない。

「警告では」

「アウターに手を出すなと?」

「確かに神はわれわれだけで十分です。こちらはまだゲートも複製できないのですからね」

 皮肉ともつかない言葉とともにエフィモヴィクは円卓の向こうの真っ黒な板を眺め遣った。この庭園に持ち込まれたゲートはすべてアウターによるものだ。庭園の中のその数は、実に人類版図の大半を占めている。

「あれは俯瞰次元の先にある技術にすぎない。じきに我々も辿り着く」

 猫が憮然と呟いた。アーサクインはほんの一瞬だけ僕を見て、素知らぬ顔で前足の毛繕いを始めた。

「なるほど警告か、それでは君が犯人だと自白しているようなものだぞバベル」

「イーフリート、それなら私がわざわざ話を振るはずがないでしよう――こんな気を衒ったことをすると思いますか?」

 フースークのような。バベルは明らかにその一言を省略し、それは円卓の一同にも伝わった。僕が道化の役を振られているからだ。

「それではやっぱりアウターの仕業かしら」

 どうやらガラクティアはまだ辛うじて起きていたらしい。

「未知の世界と謎の殺人事件、これはわれわれに対する挑戦かな」

 ジャックが乾いた笑い声を上げる。

「馬鹿なことを」

「互いに殺し合うことの無意味さを知っているのは何より我々の方だろう」

 そう言ったのは意外にもデアボリカだ。

「アウターがガラハッドを殺しに来たとでもいうの? それは何? 八本脚の毬藻? それとも背の高い蚯蚓?」

 ララ・ムーンが鼻を鳴らして肩を竦める。

「ガラハッド、君は脚が八本もあるヤバイ女に手を出したのか?」

 ジャックの悪乗りに腹を立てたララ・ムーンは指先を振って彼の頭を刎ね飛ばした。ジャックの髑髏は木の根に転がり、笑い袋のような音を立てた。

「バルスース、それってバルスースね」

 不意にシーダが手を打って、円卓に響く華やいだ声を上げた。

「は?」

「三千王国の第八階梯種は正確には九本脚なのです。全員が女の人で、いつもお風呂を持ち歩いているの」

「姫さま?」

「フースークに戴いた本に確かそう書いてあったわ」

「ああ」

 何となくとばっちりの予感がして僕は小さく身震いした。

「ですから私、アウターには少々詳しいのですよ?」

「シーダ、もうその辺りで」

「インガックとバルスースが一緒に温泉を探しに行くお話も大好きです」

 僕は皆の視線を必死に耐えた。シーダの笑顔が輝くほどに僕への風当たりは強くなる。

「『帝国の歩き方』ですね」

 トリニティが呟いた。

「そう、その本です。サイン入りなんです」

「フースーク」

 アリスの声は地獄の底から響いて来るようだった。

「ストリームのライブラリに上梓されて以降、一〇〇年間で三冊しか購買記録がありません。フースーク、どこからこのようなものを?」

 情動の薄いトリニティの目が軽蔑とも感心ともつかない色をしている。

「貴重な本なのですね」

 一方でシーダは感動していた。

 勘弁してくれ。こうして目の前に自分の死体を晒されているガラハッドの気持ちがよくわかった。

「こんなのとつきあうから、ガラハッドがおかしな言い掛かりをつけられるのよ」

 ララ・ムーンが総括した。僕には反論のしようがない。

「そんなことはない。彼は素晴らしい友人だ。彼の造った遊園地なんて――」

 僕は身体の底から震え上がった。生真面目なガラハッドの追い打ちはクリティカルだ。修復不能なくらい話がややこしくなる。もうこれ以上は耐えられない。

「賞賛は有り難いが今は的外れだ、ガラハッド」

「フースーク、私は」

「お願いだから」

「そうですね」

 ここぞとばかりに遮ったのはバベルだった。

「アウターについてはむしろ君の方が詳しい、フースーク。交易利権についてはガラハッドに先を越されたようですが」

 皆の理解を得るためだろうか、バベルは一拍を置いてそう言った。

 なるほど。彼がガラハッドの暗殺を「気を衒った」などと評したのは僕に繋げるキーワードだったのか。回りくどい。きっと誰も気付いていないぞ。シーダに話を奪われて、さぞ気が気ではなかったに違いない。

「何を知っている、バベル」

 イーフリートが痺れを切らして訊ねた。

 バベルはようやく我が意を得たりと、さり気なさを装って皆に告げた。

「フースーク、私は君が扉の間でガラハッドと口論しているのを見たのです」

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