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道化の庭園  作者: marvin
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第四話 尋問

「さてさて、これは大事件だ」

 ジャックが燥いだ声を上げた。

「ガラハッド、いったい君は誰に殺されたんだ?」

 円卓の注目を一身に集めたガラハッドは助けを求めるように僕を見た。いやいや、そんなことをしだって答えは出ないぞ。

「だって君、憶えてないんだろう?」

 ガラハッドは素直に頷いた。

「接続が絶たれた可能性を検討すべきでは?」

 猫の向かいの表情を欠いた少女が指摘した。地球領主のそれぞれに勝手な嗜好があるとはいえ、トリニティは眼鏡を掛けていた。ネットワークそのものである彼女にとってはその身体と同様に無用のものだ。

「何度も言わせるな。俯瞰次元はそこのゲートのように時空の重ね合わせでできている。この宇宙では切断も妨害も不可能だ」

 アーサクインは痛く立腹した様子で尻尾を膨らませた。

「ストリームとあろうものが非論理的に過ぎるぞ、トリニティ」

「すべての仮説を否定するものではありません、現に――」

「いい加減にして頂戴」

 ララ・ムーンが二人の口論を切り捨てた。

「方法はあるとも、無理に高位物理を駆使しなくとも」

 デアボリカが陰鬱な声で言った。

「頸を落としてしまえばいい」

「物理が過ぎます、デアボリカ」

 皆の沈黙が気まずくて、僕はデアボリカについ口を挟んだ。

「端的にはエイリアスの生体上でネットワークを遮断すれば事足ります」

 エフィモヴィクが小さく咳払いをして早々に話を戻した。

「確かに今の我々の身体はネットワークで維持されているようなものだからね。準備をしていれば問題ないだろうが」

「だが、単に接続を切っただけでは死体になるまで時間が掛かるだろう」

 デアボリカは非効率だと言いたげだ。

「そうですね、三時間は掛かるでしょう」

 トリニティの言葉に皆がなるほどと頷く。

「それならガラハッドがすぐに来られなかった説明はつく。ここには一人しか入れないから」

「いいえ、いいえ」

 シーダがきっぱりと否定した。

「生きていらしたなら、きっとお茶会に来られたはずです」

 その確信がどこから来るのかわからないが、ガラハッド自身が力強く頷いたことで遅刻した僕の肩身は余計に狭くなってしまった。

「なら、どうしてガラハッドはすぐに庭園に入れなかったの」

 ララ・ムーンの疑問は彼女が意図しない疑念に結び付いた。再びガラハッドが視線を集める。彼が嘘を吐いている可能性はどれくらいあるだろう。

「死体に見えなかったからでは?」

「これはどう見ても死んでいる」

「ええと」

 責められて焦るガラハッドに少し呆れて、僕はまたおずおずと口を挟んだ。

「地球領主の身体は強靭です。アムネジアにはこれが死体かどうかが判断できません」

「そうですね、こうしている間にも復活するでしょう。神経索を入れ替えればまだ使用できます。お使いになりますか?」

 メガネの縁に手をやってトリニティはガラハッドに訊ねた。どうしてわざわざずれ落ちるようなものを身に着けているのかがわからない。

「いや、結構」

 ガラハッドは泣き出しそうな顔をして首を振った。

「それより早くあれを処分させてくれませんか?」

 目の前におかしな格好をした自分の死体がずっと映し出されている。皆とっては余興だが、ガラハッドにしてみれば酔った拍子に仕出かした馬鹿をいつまでも晒され続けているようなものだろう。

「では、どうして――」

 追求し掛けたイーフリートに僕は囁いた。

「ガラクティアが死んでいると言ったからです」

 死体の判断に迷ったアムネジアは地球領主の死亡宣告を判断材料にしたのだ。皆への告知もガラハッドの通行許可もその直後だったのが証左だ。

 今は生死の境が曖昧で、地球領主ならなおさらそうだ。アムネジアにとっては、自身のセンサより主たちの意見を優先した方が確実だったのだろう。

 なのでエフィモヴィクの疑問は最初に戻ってしまった。

「では、ガラハッドはどこで死んでいたのだろうね」

「扉の間では?」

 ガラハッドが意識を失った場所だ。それはゲートの黒い板が林立するターミナルで、庭園の各所と個々の居城に繋がっている。

「十三人とはいえ、あそこなら人通りもあるでしょう。誰か目撃した者は――」

「現象を追うより原因を追ってみては?」

 向かいのララ・ムーンを遮って、バベルが初めて口を開いた。ぷちぷちと泡の弾けるような声は補正がなければ聴き取り辛い。

「それこそ意味がわからない」

 アーサクインが欠伸がてら言った。

 相対的無限財産を保有するに至った彼ら十三人は徒党を組んでさえ互いに殲滅し得ない存在だ。たかがエイリアスの一人を殺すことに何の理由があるだろう。

「屈辱以外は」

 デアボリカの陰鬱な声が後を追った。

「誰かガラハッドに恨みがあるとでも?」

 ララ・ムーンが柳眉を逆立てた。言葉に相応しい美貌だが、死を司るデアボリカが相手では表情もやや気後れした印象だった。

「利害でなければ苦痛か愉悦だ」

「そうだな、確かにこうしてみな退屈から逃れられた」

 左隣のジャックが茶化して言った。

「そんな、フースークみたいなこと」

 横からシーダが口を尖らせる。思わぬ矛先に僕は肩を竦めた。

「自分で死んだ振りをする方が幾分ましです」

「あら、前の桃色の烏賊は好きだったわ」

「あれはヨーグルト・ソースの仮装です。古い宗教行事の一環で――」

「桃色の烏賊も緑色の蛸も、もう許さん。私は嫌いだ」

 アリスが顔を顰めて言った。長く黒い睫毛の下から半眼で睨まれ、僕は大人しく頷いた。まったくもって儘ならない。

「深宇宙の魚介類は避けます」

「あなたの仮装が見たいわけじゃない。ガラハッドのことを知りたいの」

 ララ・ムーンが苛々と口をはさんだ。

「ですが、私には何も思い当たることがありません」

 困惑したようにガラハッドは言った。

「利害も恨みも――」

 バベルはその大きく間延びした容姿に似つかわしく、ゆっくりと手を上げてガラハッドの言葉を遮った。

「君は比較的凡庸な活動家ですが、ひとつだけ誰よりも危険な分野を推しています」

 硝子玉のような虚ろな眼は彼と、そして僕も一緒に見つめていた。

「アウターだ」

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