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道化の庭園  作者: marvin
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第一話 死体

 さて、僕の名前はフースークだ。地球領主の末席で、今は月の庭園にいる。ここには僕の他に十二人の地球領主がいて――ああ、今は十一人だった。

 だって、目の前で一人死んでいるから。

 彼は広間の真ん中ほどにおかしな格好で丸くなっている。僕と同じ茶会の主賓で、名をガラハッドという。

 願わくば、彼が錚々たる顔ぶれを前に小粋なジョークのひとつも披露してから死んでいますように。さもなくば、茶会は主賓を二人も欠いていたことになる。何しろ僕はその茶会に遅刻してしまったのだ。

 残念ながら僕には身体がひとつしかない。雑事もろもろの手配に追われ、機嫌を損ねた猫に引っ掛かれ、気が付けば約束の時間はとうに過ぎていた。不可抗力だ。

 なのに、やっとのことでゲートを潜って来てみればこの有様だ。

 ガラハッドは仰向けのまま身体を二つに折って、爪先は何故か頭の上。虚ろなその眼は今もじっと脚の間から天蓋を見つめている。

 しかもその傍らには男女が二人、興味深げにガラハッドの死体を見おろしていた。ガラクティアとエフィモヴィクだ。

 ガラクティアは膝に手をあて腰を折り、ガラハッドに顔を寄せて興味深げに覗き込んでいる。長い銀色の髪が人工の陽射しにハレーションを起こしていた。

「そうやって見る地球は美しいのかしら?」

 彼女の歌うような声が死んだガラハッドに問い掛ける。

 言葉につられて僕はつい空を仰いだ。巨大な樹の枝の傘越しに硝子の天蓋が巡っている。山塊ほどの葉の隙間には、小さな青い惑星が覗いていた。

「さて、どうでしょう。彼、死んでいるのでは?」

 ガラクティアの傍に立つエフィモヴィクは穏やかな声でそう諭した。ここにガラハッドの死体があることも、ガラクティアが不思議そうに話し掛けることに対しても、彼は端から理解を放棄していた。当然といえば、当然だ。

「あら、確かに死んでいらっしゃいますわね」

 ガラクティアは慈愛に満ちた微笑を浮かべて宣言した。

「ガラハッドのようですが」

 死体を眺めてエフィモヴィクは彼女にそう指摘した。

「ガラハッドですわね」

 エフィモヴィクを見上げて彼女はそう相槌を打った。

 ガラクティアの難解な表情にエフィモヴィクはただ鷹揚な笑みで応え、少し離れて眺める僕は脱力感と頭痛を堪えていた。

 しかもそれ以上の感想もなく、二人は微笑んで沈黙している。

「あれは新しい遊びか何かかね?」

 低く嗄れた声と一緒に大きな掌が僕の肩を掴んだ。

 振り返ればイーフリートがいた。目の前の二人とひとつに目を留め、僕を振り向いて片方の眉を持ち上げる。その頬は深い皺を彫り込んだ鞣革のようだった。

 思えば僕は呆然とゲートの前に突っ立ったままだった。慌てて彼に道を譲る。

「君は、フースークか?」

 イーフリートが僕に訊ねた。

「そうです。代理人ですが」

「ここでは皆そうだな」

 イーフリートは笑って応えた。

「それで、あれは何の余興だ?」

「ガラハッドが死んでいるようです」

 前の広間に向き直り、僕は敷石の上にひっくり返ったガラハッドの死体を指さした。

「ガラハッドか。うん、ガラハッドのようだな。いま死亡通知を確認した」

 アムネジアが彼に囁いたのだろう。イーフリートは頷いた。

「どうしてあんな格好で――」

「彼の意図は解りかねます」

 イーフリートの問いに被せて答えを返すと、彼はにやりと笑ってもういちど僕の肩を叩いた。痛い、痛い。つんのめるように身体が揺らいだ。

 イーフリートはそのまま歩き出し、僕は仕方なく後ろを付いて歩いた。彼の広すぎる背中が当然のようにそれを求めていたからだ。

「おや、宇宙一の探偵のお出ましだ」

 エフィモヴィクはそう言って僕たち二人を迎えた。

「ほら、お得意のトラブルです」

 彼は仏頂面のイーフリートに微笑んで、その背中を覗き込むように後ろにいる僕を見た。小さく首を傾けると、巻き癖のある黒髪の一筋が額に揺れる。

「君、フースークかい?」

「代理人ですが」

「そりゃあ皆そうだろう」

 不思議そうにガラハッドの死体を突ついていたガラクティアが不意に立ち上がって背後に手を振った。

「ララ・ムーンが来たわ。こんなガラハッドを見たら、きっと驚くわね」

 目を遣ればこちらに歩いて来る人影が二つある。黒と紫の絶世の美女がララ・ムーン、風俗史書の隅にある風刺画のようなスーツ姿の骸骨がジャックだ。

 アムネジアが事態を囁いたのだろう、ララ・ムーンの悠然とした歩調はいつもより少し速かった。そういえば彼女はガラハッドの血族だ。彼を溺愛している。

 ガラクティアはしばらく無邪気に二人を眺め、ふと僕を振り返った。

「フースークかしら?」

 彼女が小首を傾げると、鈴の音が囁くような音を立て肩から髪が零れ落ちた。

「もう、いいでしょう」

 応えるのにも飽きて質問を流すと、ガラクティアは少し不満そうに頬を膨らませた。

「ガラハッド、なんて格好で死んでるの」

 死体に駆け寄るやララ・ムーンは叱咤した。

「真面目な堅物かと思ったが、死に様で笑いを取るなんて素晴らしい」

 一方ジャックは大仰に褒め称える。当のガラハッドは気にした風もなく虚ろな眼で天蓋を見つめていた。死体なのだから当然だ。

 ララ・ムーンが幾何学の奇跡を見るような脚線でジャックの尻を蹴り上げると、彼のスーツの下の剥き出しの尾骶骨が乾いた音を立てた。

 そうこうするうち僕たちが参加するはずだった茶会の面々や、僕の背のゲートからも次々と人がやって来た。中には一匹と数える者もいるが、それも含めて全員が古き地球を勲章として分割領有する人類版図の神々だ。

 茶会の庭園からやって来た不機嫌な顔の少女は、わざわざ僕の脛を蹴飛ばしてからガラハッドの死体を見に行った。

 騒動から離れて眺めるイーフリートが脛を抱えて蹲る僕を振り返った。

「君にしては大人しいな」

「悲鳴を上げた方がよかったですか」

 イーフリートは肩を竦めると、ガラハッドの死体に目を遣って僕に訊ねた。

「あれをどう見る」

「殺されたのでは?」

 僕は素直にそう答えた。何となくそんな気がしたからだ。

「そうか、やはり君にしては理性的だな」

「どういたしまして」

 素直に礼を言ってから、そっと訊ねる。

「普段はそうじゃないとでも?」

「何を言っている、当たり前だ」

 イーフリートはあっけらかんと答えた。そうなんだ。

「君、フースークかい?」

 またこの質問かと振り返ると、黄金の髪をした青年がゲートの前に立っていた。笑うべきか怒るべきか決めかねるような面立ちで、地面に転がる同じ顔の死体を眺めている。

「どうして私があんな格好で死んでいるのか、君は知ってるかい?」

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