お迎え
一瞬で結界が砕け散るほどの衝撃波。
それは琥珀から放たれたものだった。チッと舌打ちすると由良は咄嗟に指を噛み滴り落ちる血から新たな結界を構築する。
琥珀は……トランス状態だった。
凄まじいエネルギーもであったが、特に圧倒されたのはその「雌のフェロモン」である。
昨日体験していたが、全開放した今は意識を集中しないと自分の中の「雄」に支配される感覚である。由良は必死に自分へ向けて意識を集中させていた。
「こんなの嫁にしたら……俺死ぬ」
と苦笑する。
琥珀の視線が自分に向けられた。
その瞬間、由良へ衝撃波が襲う。結界でシールドを張った時には既に背後に気配を感じ、咄嗟に由良は飛び退いた。琥珀は喰い付いてくる。
反撃を与える暇もない攻撃、防御に徹していることしかできなくて、由良は後退しながら唖然としていた。
(こいつの異能はそこいらとは桁が違う!? この俺でも気圧されるのか!)
とショックすら感じていた。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
(確かに俺がこいつを炊き付けましたよ。俺の責任ですよ)
そうブツブツ文句を言い始める。そして琥珀の隙を狙い、両腕を片手で掴み壁にドンッと押し付けた。
そして由良は琥珀の唇に自分の唇を重ねると、舌を侵入させた。
琥珀の動きが止まり、一瞬ビクンッと肩を震わせる。
由良は絡ませた舌を外すことなく貪った。
その瞬間、琥珀は我に返って腰が砕けそうな感覚に、どうにかなりそうで力なく委ねるしかなかった。
その隙に、由良は器用に指輪を小指にはめる。
「はい、終了」
絡ませていた舌を外すと、満面の笑みで由良は琥珀を見た。
もう異能のエネルギーもフェロモンも収まっている。
何が何だかわからず、琥珀はその場にへたり込んでしまった。
「そんなに良かった?」クスッと笑いながら琥珀を見る。琥珀はそれに対して反論する体力がない。そんな自分が情けなくて目を潤ませて唇を噛みしめた。
「じゃあ、俺行くから」
と言うと、由良はその場から消えた。
誰もいない、普段使われていない教室。
その中で由良は乱れた呼吸を整えるため深呼吸していた。
「あれが花嫁ってわけか……あんなフェロモン出されちゃ、たまったもんじゃない」
ふぅぅぅと再度深呼吸する。
「…………」
由良は考え込んでいた。
異能といっても大したことは無いと思っていたのだ。いとも簡単に自分が作った結界を破るとか想定していなかった。
そしてあのフェロモン……伝説と言われる所以は理解できる。さっきので完全に全世界に知れ渡ったな、と苦笑いしてしまう。
(あんなものどう扱えというんだ)
頭を抱え込んだ。
(でも……面白い)
改めて、「運命の花嫁」を間近に感じほくそ笑む由良だった。
一瞬後ろで空間が歪むのを感じた。
この感覚は自分に近いモノである。
「由良ともあろう者が下手打ったな」
「ほんとだよねー頭鈍ったんじゃねー」
後ろから同じような声がする。
「うるさい、双子」
由良は振り向くことなく言いのける。ここは自分しかいない「使われていない教室」であった。空間が歪んだ瞬間似たような顔が瞬間移動してきたのだ。
「当主が見てこいっていうから、せっかく来たっていうのにさ」
「なんだよ、その言い方、ひっでーの」
後ろで中学生ぐらいのあどけない双子の男の子たちが駄々をこねる。
「右京、左京。早いな、お前ら来るの」
二人の方を向き、由良はため息をつく。
「だって、あんなの感じ取ったらねー」
「今から一族総出で会議だよ」
「とりあえず見てこいって言われたんだよねー」
「だから由良の『足跡』追跡してきたのさ」
二人が交互に喋るとどっちが喋っているのか分らなくなる。
「報告は送っただろう」
吐き捨てるように、由良は答えた。
「ひぃじーさん曰く、こんなフェロモン想定外だとさ。あの生きた化石が言うんだから何かが違うんじゃね?」
「ということで、直ぐに戻れとな」というと、双子は両サイドから由良を挟むように掴む。
「じゃあ強制連行」
「そして任務完了」
嬉しそうに双子は由良を連れてその場を「一瞬」で去っていった。