違和感
「これで雑魚はまず入れない。何人入ってこれるかは知らんけどな」
由良はそう言い残すと本堂を去る。
父親は只々その場に泣き崩れていた。自分が全盛期のころでも敵わない圧倒的な力……それがこの目で見れたことと、我が娘の危機はひとまず去ったからだ。
この先は、修羅の道……我が娘が幸せになるのか不幸になるのかは分からない。ただ、歴史的に見れば虐げられてきたことは確かだった。だから生まれてきた瞬間、母親と絶望したことを覚えている。
一筋の光と言えば……琥珀は「異能者」である点だった。これに掛けるしかない。花嫁として対等に交渉を進めるための武器……それがどこまで使えるかは未知数であるが、やるしかない、と再度心に誓った。
琥珀は昨日のあれは夢ではないことを思い知った。
由良と父親と三人で食卓を囲んでいる。まるで普段と変わらない様に。
その異様さにコメントすらせず、自分も黙々と朝食を食べていた。
実は、早朝何か不思議な気配を感じて起きたのだ。
木の格子から外を眺めると、山沿いに小さな滝が流れている。その前で由良が立っていたのだ。
立つというよりは精神統一に入っていると表現する方が正しい。
周りの清浄な気を纏うその姿は……琥珀にとって圧巻だった。
そしてまた「面白そう」と感じてしまった。今までこういうものを感じたこともなかったし、見たこともない。父親がやっていることは「まじない」程度だと思っていたからだ。意味は精神世界にのみ存在すると思っていた。
由良を見ながら同じように呼吸を整える。
全身に包まれるいろいろな気が面白くて掃除機みたいに吸引してしまうイメージを作ってみた。
パチンッ!
何か弾かれた衝動と、腕を掴まれたことで我に返る。
「お前……何しているんだ」
外にいたはずの由良が自分の腕を掴み上げていることに気づいたのだ。
琥珀はちょっとしたパニックだった。
「あれ? さっき外に居たのに」
と尋ねると、「空間位如何様にもなる」と返答し、掴んでいた腕を離した。
「今更『異能の真似事』でもやるのか?」
と笑いながら琥珀に詰め寄る。その距離の近さにドキッとした琥珀だったが、慌てて首を横に振った。由良の横暴さは昨日散々堪能済だったからである。
ムカッとして由良を睨みつけると、琥珀は自室へ帰っていった。
残された由良は苦笑する。
掴んだ掌は真っ赤になって痺れていたのだ。自分に対してここまでにするエネルギー。
今まで伝承されてきた争奪戦とは根本的に何かが違うのではないか……と疑わずにはおれなかった。
玄関には既に由良が待っていた。
「え、なんでいるのよ」
とつい口が滑る。
「別に俺は転校してきたばかりだし、琥珀が面倒見てくれたらいいだろ」
「な、なんで上目線なのよ! 人にお願いする方法ぐらい学んでないの!? というか、なんで私を呼び捨てなのよ!」
名前で呼ばれて咄嗟に赤くなる。由良はクスッと笑うと「その程度で動揺するな」と揶揄う。
「それなら特別に俺を名前で呼んでいいぞ」
ビックリして琥珀は由良を見る。今までにない笑顔がそこにはあった。
(これに性格が伴っていたら……最高なのになぁ)
とため息をついてしまう。
「はいはい、では私も名前で呼ばせてもらいます」
と売り言葉に買い言葉で、呼び名は決定されてしまった。