取り引き
「お前はまだ殺さん。『成人の儀』はお前にしかできないからな」
由良は、門の前で掌をかざす。一瞬バチッバチッ!と火花が迸ると、何もなかったかのように静寂に包まれる。
由良は門の中に入って行った。
父親はその圧に気圧され後退するしかない。由良は入り切るとパチンっと指を鳴らした。
空間が歪む気持ちの悪い感覚に襲われ、琥珀は口を手で覆う。しかし、その感覚も直ぐに何もなかったかのような感覚に戻った。琥珀の頭には、はてなマークばかりが頭を回っている。
「ま、説明してもらおうか。どっちにしてももうフェロモンは放出された。後は時間の問題だ」
そう言うと、由良は勝手知ったかのように、母屋へ入っていった。
父親は終始警戒しているようで、ピリピリしながら由良を睨みつけていた。
それを微塵にも感じていない様子で、茶の間の座卓傍に座る由良。
とりあえず琥珀はお茶を出すことにした。
「あの……父と雨辻くんとはどういったご関係で……」
沈黙を破るかのように琥珀が質問する。
「お前は! 雨辻一族か……」
父親はウウッ、と唸った。
「その様子じゃ、一応は『異能者』なんだな」
値踏みするかのように上から下まで父親を見ると、由良はクスッと笑った。
「それで、この花嫁はなんで何も知らないのだ?」
「あのーもしもーし、あのですねぇー話がサッパリなんですけどー花嫁ってなんですかー」
もう白い目で二人を琥珀は見ている。
ハッ! と我に返ると琥珀は父親に「むりむりむりむりむりむりむりむり! こんなところで婚約話持ってきたとか冗談はやめてよ」と笑って見せた。
「あー結婚してしまうのも悪くない」
肘をつき由良は琥珀を見てニヤリと微笑む。琥珀にとって笑えない冗談だった。
一気にカッコイイかもとか思っていた由良のイメージが崩れ去っていた。
「あのねぇー今日引っ越して出会った雨辻くんとですよ、だいたい何の縁があってそーなるのよ!」
声を荒げてついつい叫んでしまう。そんな琥珀を見て由良はクスッと笑った。
「お前を探しに俺は出たんだよ」
そう答える由良に琥珀はちょっとドキンッとしてしまった。
「お願いだ……後生だから『成人の儀』はギリギリまで伸ばして欲しい」
父親が急に畳に額を付け由良に懇願した。
「……お前何言っているのか理解しているのか」
由良の眉間に一瞬しわが寄る。表情は笑っていなかった。
「全て! 全て話す! だから『待って欲しい』、お願いだ!」
その後沈黙が漂った。
琥珀はこんな父親を見たことない。ただならぬ何かを感じて口出しができなかったのだ。
肘をついたまま、由良の口が開いた。
「この俺と『取引しよう』ってか。随分舐められたものだな」
そして伏している父親の胸ぐらを掴み上げる。
「お前が生かされている理由を考えろ」
「待って! ちょっと待ってよ!」
二人の間に割って入ったのは琥珀だった。
「何がなんだかわかんないけど、もう止めて」
そして琥珀は由良の前で頭を下げた。
「お願い、父がこんなに言うなんてよっぽどのことなの! だから……聞いてください」
二人を見下ろしながら由良は指で机をコツコツ叩く。
(まぁ、少しでも有利な方が後々ラクか……)
「延ばすのを許可してやる。ただし、俺もここに住むが構わんな」
「えっ!」と二人の時が止まる。
「それは……その……」
父親がおずおずと聞き出そうとする。
「せっかく見つけた花嫁に何かあったらめんどうだからな。邪魔な虫は処理してやってもいい」
父親は一人喜んで感謝の意を由良に述べている。
琥珀は状況がどうやったらこうなるのかと……一人放心状態だった。