ビンゴ
「雨辻くん? なになに、なんか用事?」
ちょっと赤くなって、琥珀が振り向く。その声かけで、我に返った。
「あ、消しゴム取ってほしいんだけど」
何もなかったかのように顎で落ちている消しゴムを指す。
それを拾ってくれた右手に細いピンキーリングが光っていたのが印象的だった。
「ビンゴ」
由良はニヤリと微笑む。
しかしそれは同時にこの日本の雄の異能者にも届いているだろう。しかし、今は自分が一番近くにいる。
理由は分からないが、どうやら普段フェロモンは「封印」されていることも理解できた。誰かが「花嫁」を隠していたことになる。それはこの業態では重大な「協定違反」だった。万死に値する。
しかし……この様子ではまだ「成人の儀」は行われていないだろう。
これからが正念場だな……と、ほくそ笑んだ。
由良が最初に行ったのは琥珀に「結界」を張ることだった。
できれば要らない虫は寄ってきてもらいたくはない。
「おい、京」
「んーなに?」
帰り際、群がる女子を蹴散らした由良が琥珀に声を掛ける。
「おい、口開けろ」と何気に上目線で言ってきた。琥珀は少しボーッとしたところがある。
「なになに、なんかくれるの?」
と上機嫌で口を開ける。すると口の中に飴をポンッと放り込んだ。
咄嗟にもぐもぐする琥珀。
「なにこれ、飴? なんか柔らかい」
モグモグしながら飲み込むのを由良は確認する。
「お近づきのシルシってやつだ」
踵を返し、手をひらひらさせながら、由良は教室を出て行った。
「な、ちょっと琥珀! どういう事よ!」
周りの女子からは大ブーイングである。
「席が近いから役得だったんだろうねー」
と言い訳をして、琥珀は先に家路に就いた。これ以上絡まれるのはめんどくさかったからである。
一人校門を出て行く琥珀を……屋上から由良は見下ろしていた。
家の門をくぐろうとした時である。
バチッ!
と静電気みたいなものが走った。
「なに、静電気とか!?」
すると、寺の本堂から父親がえげつない表情を走ってくる。琥珀をみると一旦は安堵したが直ぐに「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!」と首を横に振っている。
「なになに、その形相」
琥珀はビックリして父親の顔を覗き込んでいる。こんなことは初めてで、面食らってしまった。
父親はその両肩に手を当てると「今日学校で何かあったのか!」と鬼気迫る表情で琥珀を見る。
「特に何もなかったよ。あ、転校生が来たかなー」
と一日の出来事をフラッシュバックさせていた。
「それはどんな奴だ!」
その気迫に押されて琥珀は戸惑う。
「お前なのか、こんなくだらない『小細工』していたのは」
琥珀の後ろから声が聞こえていた。びっくりして振り返ると誰も居ない。
「出てこいっ!」
父親が琥珀を庇うかのように、自分が前に出る。
目の前には誰もいなかった。
正確には「見えなかった」のだ。
空間が縦に切り取られたかのように、何もない切り口の空間から出てきたのは由良だった。