フェロモン
次の日、学校では少し浮き出し合っていた。
「転校生来るって言ってたよー」
「なんかめっちゃカッコイイとか」
浮足立っているのは、どうやら「女子」の方である。
琥珀もその話題には喰い付いていた。特に琥珀はみんなから「いいなぁ」と言われていた。琥珀の後ろには机が用意されている。
どうやら、琥珀の後ろに座る予定であった。
朝礼時、入っていたのは、前髪を下ろしたメガネ男子だった。身長は175cmぐらいは超えていただろう、大人びた男子で琥珀もうっとりしていた。
「雨辻由良です、よろしく」
そういうと笑顔で会釈する。逆に教室内は静かだ。女子は正直だった。
「では、雨辻は、京の後ろな。京! おい、かーなーどーめー」
先生に大声で呼ばれ、場所を指定される。咄嗟に琥珀が手を挙げた。
「かなどめ……? 変わった苗字だな」
後ろに座った由良がボソッと呟いた。
「そうでしょ、珍しいと言われるのよねーよろしく」
琥珀はついつい笑顔で対応する。苗字についてのネタはもう慣れていた。
「よろしく」
と由良も笑顔で対応した。
由良は授業中、全神経を学校中心に、範囲を広げながら探っていた。
(一番濃厚なのはこの街なんだけどなぁ、何にも引っかからないな)
そう思いながら、ため息をつく。
あれは曽祖父からだった。
小さいころから「異能者」の家系に生まれた由良は、物の怪という類を退治する一族だった。自分が生まれた年に何かあったのかなんて、分かるはずがない。ただ、曽祖父は小さいころから由良に「運命の花嫁」が生まれているだろう、という話をしていた。
一瞬感じた、異能者には特に過敏に感じる「雌のフェロモン」それが日本全体を走るように醸し出し、消えていったと。
普通、「運命の花嫁」は生まれた時から「雌のフェロモン」は駄々洩れ状態である。だから、大切に囲われるように育てられ、来るべき「縁定めの儀」に備えるという。もしかしたら何か良くないトラブルに巻き込まれたのかと、心配していた。
運命の花嫁と「つがい」に成れた者は、その巨大なフェロモンを花嫁を介して自分の「能力エネルギー」にすることができる。実質上、その時代の異能者世界の覇権を握るに等しかったのだ。
由良もその異種能力者花嫁争奪戦「縁定めの儀」に参戦する予定なのである。
だが、肝心の花嫁が居ない。
今、日本中の異能者が花嫁を探していた。「生まれてすぐに死んだ」と諦めている者も居る。今度の花嫁は、生まれたことが確かなら「日本」なのである。「つがい」になれる権利は「日本人の異能者」に与えられてるのだ。
しかし、今まで一回醸し出されたフェロモンが消えた事例など文献探してもない。だが、由良もなんとなく「どこかにいる」気がしていた。単なる感でしかなかったが、異能者の第六感はよく当たることは身に染みてわかっていた。
「おい、雨辻」
ふっと我に返ると、先生が由良を見ている。どうやら当てられたらしい。
咄嗟に立ち上がり「すみません、聞いてなかったです」と素直に謝罪した。
「まぁね転校初日だから緊張するわな」
と国語の教師は豪快に笑って許す。はぁー、とため息をついて椅子に腰かけた。
由良はこれでも真面目で通っている。答えられないという発言は、屈辱だった。
机に俯せる。ふっと消しゴムが落ちたことに気が付いた。たぶん立ち上がった時に落としたのだろう……。
「かなどめー」
小声で声を掛けるが、届いていないのか無言だった。
周りを見ると課題をしている。集中しているということは容易に理解できた。
仕方ない――。
由良はペンを取り出し、琥珀の脇腹を突いた。
「ヒャッ」
と小さな悲鳴が上がる。その悲鳴自体は周りに聞こえるかどうかのものであったが、問題はそこではなかった。
フワァァァッ! 一瞬醸し出されたなんとも甘美な匂い。
由良は今まで嗅いだことのないその匂いに当てられたのだ。
一瞬、自我が吹っ飛びそうな、そんな今まで経験したことのないモノ。それが自分の身体をすり抜け波紋のように走り去る。
息をするのも忘れたかのように、由良の思考は一瞬止まってしまった。