みいつけた
「も~うい~いかい!」
カズマが大声で言った。
「ま~だだよ!」
ぼくは負けじと大声で返した。
!i!i!i!i!i!i!
カズマは遊びの天才だ。マイクラもうまいし、フォートナイトもめちゃめちゃ強い。運動神経もバツグンだから、サッカーでも、鬼ごっこでも、カズマには一度も勝ったことがない。僕だけじゃない。タツヤも、レオも、アキヒトも、カズマには全部負けっぱなしのはず。いつかカズマにぎゃふんと言わせてやりたいと思ってはいるのだけど、なかなかに難しい。
でも、今日のかくれんぼで、ぼくには秘策があった。いや、秘策があるからこそ、ぼくからかくれんぼをしようと言い出したのだ。
小学生にもなってかくれんぼなんてやりたくねえよ、とタツヤはグチっていた。ぼくだってべつにかくれんぼがやりたくてしょうがないわけじゃない。ぼくはただカズマに勝ちたいだけなんだ。もうたいていの遊びはやりつくしたし、気分転換にかくれんぼもいいかもしれないな、とは誰も言わなかったけれど、なんとなくそんな空気になって、ぼくの意見は受けいれられた。そして単刀直入に、カズマは言ったのだ。
「だったら、オニは俺がやるよ」
これも、ぼくの予想通りだった。カズマならぜったいオニをやりたがるって。鬼ごっこのときもそうだった。カズマは逃げたり隠れたりすることを嫌う。何でも絶対勝てる自信があるからだ。自分は狩る側だという自覚。つまり僕らは狩られる側というわけ。勝つためには手段をえらばない、がカズマの口癖だ。
だから、ぼくもカズマを負かすために手段をえらばない。
ぼくらがいつも集まって遊んでいるのは、街はずれにある廃倉庫だ。立ち入り禁止、なんて看板といっしょにロープが張られているけれど、そんなものには何の意味もない。
最近は公園で遊ぶと近所から苦情がくるし、ボールをつかった遊びも禁止されている。ジジババはゲートボールしてるのに。ゲームをしてもちょっと声を出すと苦情がくるらしい。だから、こういう場所を使うしかないってわけ。ぼくたち以外の人間が立ち入らなければ、バレることはないしね。
!i!i!i!i!i!i!i!i
「も~うい~いかい!」
「も~うい~いよ!」
あちらこちらから声が上がり、いよいよ勝負が始まった。僕が隠れたのは地下室だ。
この地下室を偶然見つけたのは今から一月ほど前のことだった。ゴミが山のように積まれてある下に、なにかを隠しているみたいな不自然な板張りがあり、それを剥がすと、地下へと続く階段が伸びていたのだ。
その時は懐中電灯を持っていなかったので、数日後、ぼくは一人でその地下室に降りてみた。
ありふれたホラー小説だったらあやしげな施設とか白骨化した死体とかが出てくるシーンだけど、特にそんなこともなく、狭い部屋にぽつぽつとゴミが落ちているだけだった。なぁんだ、と思いながらさらに辺りを見回すと、壁の一角に大きなヒビが入っているところを見つけた。地震かなにかで壊れたのかな、とぼくは何の気なしにその壁をポンとたたいてみた。すると、なんとコンクリートの壁の一部がボロッとくずれて、外の土が顔を出したのだ。
ぼくがかくれんぼ作戦を思いついたのはその時だった。
といっても、ただ地下室にかくれるわけじゃあない。カズマが本気で探したら、この地下室の板張りなんてすぐ見つかってしまうだろう。だからそれだけじゃダメだ。僕は毎日廃倉庫に通い、崩れたコンクリートの壁の奥に少しずつ穴を掘り始めた。
押し固められた土を掘るのはけっこう苦労したけど、ぼくひとりがかくれられるぐらいの穴は一週間足らずで掘れた。でも、ただ穴を掘って入るだけじゃあかくれたことにはならない。壁がくずれているのが丸見えなんだから、カズマが地下室に降りてきたら、いっぱつでバレてしまう。
だからぼくは、くずれた壁を穴の内側からでも閉められるよう、ホームセンターで売っている金具やロープを使って工作した。さらに、重いコンクリートを子供のぼくの力で動かすために、てこの原理なんかもしらべて応用してみた。たかがかくれんぼなんかにここまでしている自分をバカらしく思ったりもしたけれど、カズマに勝つということは、ぼくにとってはただのかくれんぼ以上の意味があったんだ。
そして、準備バンタンで迎えたのが今日というわけ。懐中電灯ももってきた。万が一のために小さなシャベルも用意してある。心配だったコンクリートの壁もうまくハマってくれた。あたりは真っ暗。少し湿った土の感触がひんやりと冷たい。
他のやつらがどこにかくれたのかはもちろんわからないが、たぶんカズマにはすぐ見つかってしまうだろう。ぼくは息を殺した。
頭上からカズマが歩き回っている足音が聞こえる。それからすぐに、
「タツヤみーっけた!」
「うっわ、マジかよ~」
という声がした。探しはじめてからまだ1分もたっていないと思う。まあ誰でも普通に考えつくようなところに隠れたらとうぜんそうなる。アキヒトとレオもほどなく見つかったらしい。つまり、残っているのはぼくだけになった。
この地下室を知っているのはぼくだけだけれど、カズマならいずれ気付くだろう。地下室に入ってしまうと、入口の板張りの上にかぶせてあったゴミの山を元にもどすことはできなくなるので、カズマがそれに気がつかないはずはないからだ。
じっさい、僕以外のみんなが見つかってからカズマが地下室に降りてくるまでには5分とかからなかった。
「あれ~? こんなとこあったんだ」
「どう見てもあやしいよな、ここ」
カズマと一緒におりてきたらしいタツヤとレオの声。とはいえこの地下室はそんなに広いわけでもなく、階段からひと目で全体を見わたすことができるし、身を隠せるようなものもない。
さて、壁の亀裂に気づかれるかどうか……。
息をのんで待っていると、カズマの声がした。
「ちょっと、他のところ探してこよう」
そして地下室には誰もいなくなった。頭上の廃倉庫の中を四人が歩き回っている足音だけが聞こえる。いねえなあ、どこだ、というような言葉が何度か聞こえたけれど、それも少しずつ遠ざかって行った。
はて、僕はカズマに勝ったのだろうか。仮にそうだとしても、あまりにもあっけなさすぎて、いまひとつ実感がわかない。
そもそもかくれんぼのルールがあいまいだ。オニはみんな見つけたら勝ち。それはいい。でもかくれる側はどうなんだろう。いつまでかくれていれば勝ちなんだろう。その条件がはっきりしないのに、のこのこと出ていってカズマに勝てるチャンスをふいにするのは避けたかった。となると、もうちょっとかくれていなきゃいけないのか。
カズマたちが地下室に降りてきたときは緊迫感があったけれど、ただ待つだけってのはとても退屈だ。スマホも持ってないし。そこでふと思いついたのが、マイクラみたいに、この穴を掘り進めたらどこまで行くんだろう、ということだった。かくれんぼなんかよりずっと面白そうだ。もしかしたら、ダイヤとかも掘り当てられるかもしれない。
ぼくは小さなシャベルを使ってひたすら穴を掘り続けた。季節は冬だけど、土の中はふしぎとあたたかい。
しばらく進むと、畑らしき場所の地下に出た。どうしてそこが畑だってわかるかというと、目の前にダイコンやニンジンなどの野菜が埋まっていたから。おなかもすいていたし、のどもかわいていたので、これはとても助かった。
さらに進むとコンクリートの壁に突き当たった。壁のむこうからはときどき電車がはしるようなゴーッという音がひびいてくる。これは地下鉄かな、とぼくは思った。
ダイヤやエメラルドは見つからなかったけれど、現実の地下の世界にも、いろいろなものがある。畑にいけば食べ物がある。森の地中に埋まっているカブトムシの幼虫は貴重なタンパク源になってくれた。温泉を掘りあてて、体をあらうこともできた。墓地の下にいったときはさすがに気持ち悪かったけど。かくれんぼしながらでも、意外と生きていけるもんだな、と思った。
土の下には広大な世界が広がっていた。ぼくはとにかく掘り続けて、じぶんの国を広げていった。気づけばシャベルの先っぽがだいぶすり減っている。このシャベルが使えなくなるぐらいまでかくれきったら、カズマに勝ったことになるんじゃないか。
当たり前のことだけれど、地中にいると空も太陽も月も見えないから、時間の感覚がまったくわからない。かくれんぼをはじめてから、もうどれぐらいたったんだろう。一日や二日ではないと思う。一週間? 一カ月? もう見当もつかなくなっている。
おとうさんとおかあさんは心配しているかな。おかあさんは、あんたなんか生まれてこなければよかったって言ってたから、むしろぼくがいなくなってせいせいしているかもしれない。おとうさんは、暴力をふるう相手がいなくなってさびしい思いをしているかもな。まあ、どうでもいいや。
ぼくが地底の王国での生活をマンキツ中のある日。地上からものすごい音がした。
なにかが爆発したような音、って言えばいいだろうか。地下も結構ゆれたし、最初は地震かと思った。地震雷火事おやじ、というけれど、地中に住む立場としては怖いのは地震だけだ。大きな地震がきたら、ぼくががんばって掘った穴がぜんぶ崩れてしまうかもしれないからだ。でも、だったら音は上からは聞こえてこないよな、と思いなおした。いったい何だったんだろう。
そしてそのあと、地下鉄がうごく音も、水道管の中を水が流れる音も、まったく聞こえなくなってしまった。生活の音がいっさい消えてしまったのだ。
地上ではなにがおこっているんだろう。
急に不安になったぼくは、かくれんぼを始めて以来ひさしぶりに地上に出てみることにした。
横や下に掘っていくのとくらべて、上に向かって掘るのは大変だった。なにしろ、掘った土がそのまま降ってくるからだ。顔にかかる土を振りはらいながら、僕は上へ上へと掘り進めた。
ずっと地中でくらしていると、自分がどれぐらい深くまで掘っているかという感覚もわからなくなる。掘っても掘っても地上が見えないので、こんなに深くまで掘りすすんでいたのか、とおどろいた。
それでもあきらめずにどんどん掘っていくと、ようやく、頭上に小さな白い穴があいた。
光の差さない地中ですごしていたから、アリの巣穴みたいなその小さい穴からもれてくるかすかな光が、とてもまぶしく感じた。と同時に、地上から、ホコリとも灰ともつかない細かい砂と、焦げくさいニオイが流れこんでくる。いやな予感をおぼえつつも、ぼくは自分のからだが出られるぐらいの穴をあけて、地上に這いでた。
ひさしぶりに見る地上の風景は、むざんに変わり果てていた。
街は灰とガレキのかたまりになっていた。コンクリートのビルなんかはボロボロになりながらもかろうじて原型をとどめているけれど、それ以外の建物はほとんどあとかたもなくなっている。あたりはしいんと静まりかえっていて、人やいきものの気配はまったくない。まるで、なんどかYoutubeの動画でみたことがある、戦争のあとの世界みたいだった。
出る場所をまちがえたか、とも一瞬かんがえたけれど、そんなはずはない。地下鉄や下水道の配置はちゃんとおぼえている。まちがいなく、ぼくらがくらしていた街の中に出たはずだ。
ぼくはおもわずつぶやいた。
「なんだ……これ」
そのとき、とつぜん後ろから肩をたたかれ、ぼくは驚いて振りかえる。
そこには、勝ちほこったような笑みをうかべるカズマがいた。
カズマは言った。
「ようやく、見いつけた」