7/1 19:30
「……っ!」
良輔が目を覚ますと、いつの間にか布団を被って横になっていた。
「俺……どうしたんだっけ?」
自宅の庭で倒れたのは覚えている。そこから先は意識が途切れ、記憶もない。
「あら、目ぇ覚ましたのね」
良輔の目の前には、村で唯一の診療所・川村医院の看護師、池田 愛佳がいた。その少し先には、医師の川村 新吾。愛佳は24歳、新吾は26歳。年の近い二人だから意気投合し、診療所の雰囲気もかなり良い。村人の間では、二人は付き合っているという噂で持ちきりなのだが、二人とも職場仲間であるとして否定しかしない。
「今回は大変だったわね~」
愛佳は体温計を良輔に手渡した後、言った。
「ショックだったでしょう」
「……はい」
恐らく、志甫のことだろう。まだ、聡明のことは誰にも知られていないはずだから、変に焦るのはよそうと良輔は考えていた。
「それにしても、こんな平和な村でなんでこんなことが起きるのかしらね……」
「……そうですね」
志甫に関しては、良輔もまったく心当たりがない。志甫が誰に殺害されたのか、なぜ殺害されなければならなかったのか。良輔にはまったく説明ができない出来事だ。
「あなたのお父様、今回の事件はどう見てるの?」
「え?」
「だって、この村に出入りする人なんて滅多にないでしょう? そうなると、やっぱり犯人は内部の……」
「池田さん。よしなさい」
新吾が制止する。
「何でですか? 事件のことを知る権利は、私たち医療関係者にもあるはずですよ」
「だからって、体調の優れない患者にそういうことを聞くのはいかがなものかと思うけれどね」
「……ですが、先生」
「また日を改めて、彼には来てもらえばいいだろう」
医療関係者、ということは検死とかをするのだろうか。それは検察官とかがするものではないのか。あまりそういう方面の知識がない、一高校生の良輔には二人のやり取りがいまひとつわからなかった。
「とにかく、今日はここでゆっくり休んでいきなさい。ご自宅には、もう連絡してあるから」
「はい……」
そう言って新吾と愛佳は病室を後にした。バタン、と扉の閉まる音がしてからは、静寂が良輔を包み込む。外を見ると、村の集落だろう、明かりが点々と見えた。
いったい、志甫を殺害したのは誰なのか。良輔にもそれが謎だった。その恐怖感と疑心暗鬼から、まさか自分が人を殺めてしまうことになるとは、予想もしていなかった。
「俺……どうしたら……」
そのときだった。
ギイィッ、と病室の扉がゆっくり開いた。良輔は布団を掴み、扉の向こう側へ視線を注ぐ。その向こう側から姿を現したのは、妹の美菜だった。
「美菜……?」
「お兄ちゃん。大丈夫?」
「あ、あぁ……」
なぜ美菜が一人でこんな場所にいるのか。良輔は不思議に思い、病室に掛かっている時計を見た。すると、時刻は午後7時20分。ひょっとすると、両親と来ているのかもしれない。そう思い、彼は美菜に聞いた。
「美菜、お見舞いに来てくれたの?」
「うん」
美菜の可愛らしい笑顔。それを見ると、安心できる。美菜がゆっくりと歩み寄ってくるので、いつも以上に抱き締めてやりたい。そういう気持ちに駆られた。しかし、美菜の口からその気持ちを一瞬でかき消すような言葉が次から次へと、出始めたのだ。
「あなたは、自分のやったことがわかってるの?」
「エ……!?」
ギクッと体が震える。
「わかってないんだ……。愚かで、幸せな人ね……」
「美菜……?」
「もうね……この村はこのままだとお終いなの」
美菜の声ではない。けれども、聞き覚えのある声だった。良輔はその声の主が誰だったのかを必死に思い出そうとする。それを遮るように、喋り続ける美菜。
「だけど、一人だけ。一人だけこの村を救える人がいた」
「やめろ。喋るな」
「その人は決断したの」
「喋るな!」
頭痛が始まった。極度のストレス状態に置かれているのが、良輔自身でもわかる。どれだけ語気を強めても、美菜は退かなかった。それどころか、ゆっくり良輔へ近づいてくる。
「この村を守るために……すべてを消すことを、ね」
「やめろ……! どういう意味なんだ!」
「それはまだ言えない。だって、パニックを起こすかもしれないでしょう? 信じないでしょうし」
「村を救うんだろう!?」
「そうよ」
「だったら言えよ!」
「言えるものなら言いたいわよ!」
シン……と病室が静まり返った。
「私もね……。村を救うために決断したの」
「……お前、美菜じゃないな?」
「……鋭いわねぇ」
美菜の中にいるその人物がニッと笑った。
「誰だ、お前」
「さぁ……当ててごらんなさい」
良輔は必死に記憶を引っ張り出した。村にいる女性。美咲、美菜、摂子、靖代、松子、愛佳、今では亡くなった志甫、思い出せる範囲はそこまでか、と諦めたときだった。
「あ……その口調!」
「……気づいたわね」
ニィッと笑う美菜。それが彼女の意思ではないのはもう、目に見えていた。まるで操られているように、美菜の体がゆっくりと窓辺へ向かう。
「や……やめろ……!」
恐怖で体が動かない。窓枠に乗り、そのままゆっくりと美菜が、視界から消えていった。
「ひ……あああああぁぁぁぁぁぁ!」
ドシャッ――。
絶望的な音がした直後、それが見えた。その透明な姿。それはまさしく、村役場職員・東田みそのそのものだった。
「……美菜?」
良輔はゆっくりと立ち上がり、窓を覗き込んだ。
「美菜……美菜ぁ!」
地面に寝転がるそれは、上半身と下半身が綺麗に泣き分かれしている姿を呈していた。
「美菜ぁ!」
良輔の悲鳴が聞こえてそこでようやく、新吾と愛佳が病室へ駆け込んできたのだった。
<残り21人>