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どうしてこんなことになったのか。なぜ、担任の聡明が良輔の家にいて、良輔の背後に立っていたのか。彼にはそんなことを考える余裕もなかった。とにかく、いま目の前に横たわっている元・聡明だった「モノ」を良輔はズルズルと必死に引っ張っていた。
「隠さないと……隠さないと!」
自分が殺してしまった。とんでもない罪悪感に見舞われたが、すぐに焦りへと変わった。何とかして、自分がやったのではないことにしなければならない。幸い、摂子も幹夫もいない。目撃者もいないだろうと察した良輔は、とにかく聡明の死体を埋めることにした。
庭にある倉庫からスコップを取り出して、必死に地面を掘った。もう、7月に入ったので気温も湿度も日増しに高くなっていた。良輔は全身から汗を噴き出させながら、とにかく地面を掘り続けた。
「掘れた……!」
ようやくできた穴。元々、それほど手入れの行き届いていた庭ではなかったため、少々地面が荒れても恐らく摂子も幹夫も気にしないだろう。とにかく、いまは死体を隠すのに必死だった。
聡明の体を乱暴に地面に放り込み、土を元へ戻す。ゼェゼェと息が荒くなる。しかし、ここで見つかるわけにはいかなかった。摂子や幹夫が戻る前に、何とかして死体を完璧に隠さなければならなかった。
19時前。
「できた……!」
ほぼ完璧に、聡明の死体を埋めることができた。ガクンッ、と膝を付いて呆然とその場に座る良輔。
「よかった……よかった……」
掘り返したことなど想起させない、完璧な埋もめ戻し。良輔は肩で息をしながらも、力強く立ち上がった。倉庫へスコップを戻し、振り向いた瞬間だった。
「……!?」
誰かが立っている。
「誰……だ?」
「え?」
「その声……」
雄哉だった。
「良輔だろ? よっ!」
「あぁ……」
スコップへ自然と手が伸びる。
「どうしたんだ?」
「ん? ちょっと用事があってさぁ」
「用事? 珍しいな、お前が」
見られていたら、どうする?
良輔の脳裏にそんな言葉がよぎる。
「そうでもないだろ〜。なんだか、素っ気ないな今日は」
「そんなことねぇよ」
「そう?」
見られていたら、答えは一つしかない。良輔の頭の中ではその言葉が恐ろしいほどハッキリと、聞こえた。
殺る。
友人に対して、いや、親友に対して初めて殺意というものを覚えた。雄哉に罪はないはずでは? 良輔は自問自答した。
いや、コイツは俺の罪を見た。
それが罪だ。
だったら、裁かれるべき。
いや、本来裁かれるべきは俺のはずだ。
どうする?
どうしたらいい……!?
「良輔?」
「!」
雄哉の顔が真正面にあった。スコップを握る手に力が加わる。
「どうしたんだよ……すげぇ顔色悪い」
埋めたばかりの土を普通に通過して、雄哉は良輔のそばへ歩み寄った。
「体調悪いんじゃないのか?」
「いや……そんなことは」
雄哉はペタッと良輔の額に手を当てた。
「わっ! めちゃくちゃおでこ、熱いぞ!?」
「え? そうか?」
「そうか?じゃねぇよ! ヤバイって、この暑さは……。今すぐ家戻れよ」
「あ〜……でも今……」
「ほら、つべこべ言わずに! おばさーん!」
「!?」
良輔は雄哉の声にギョッとした。
「はぁーい?」
摂子の声が家の中からしたのだ。
「良輔のヤツ、すっごい熱あるんですよ」
「えぇ!? どうしたの、良輔!」
摂子が玄関に出てきた瞬間、鳥肌が立った。
(そんな……! 母さん……家にいたのか!?)
ガクガクと良輔の膝が震える。
「どうした?」
幹夫まで出てきたのだ。
「そんな……ウソだろ……!?」
全部見られていた可能性が高い。音も聞かれていた可能性がある。そもそも、聡明の殺害現場を見られていなかったのだろうか。音が聞こえなかったのだろうか。
「そんなはずは……ウッ……オエッ……!」
急に吐き気が催してきた良輔は同時に倒れ込み、そのまま意識を失った。
「良輔!」
雄哉が駆け寄る。
「良輔!? 良輔、どうしたの!?」
摂子も慌てて駆け寄り、良輔を抱いた。
「すごい熱……! あなた、あなたー!」
「どうした?」
「良輔、スゴい熱なの! すぐ病院に連れて行ってあげなきゃ」
「何? よし、すぐ準備しよう」
幹夫が慌てて準備をすると言って部屋へ戻る。
「雄哉くん、悪いけど……」
「いえ! それより……お大事にしてくださいね?」
「ありがとう。また、連絡するわね落ち着いたら」
「いえいえ! そんなの、結構ですよ?」
「それじゃ悪いけど……」
「はい、また」
バタン!とドアが音を立てて閉まった。
「……。」
雄哉はしばらく閉まったドアを見つめ、それからしばらくしてその口元を緩めた。
「ヘヘッ……」
不気味に歪んだその口元を雄哉は元へ戻し、野沢家を後にした。