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7/1 15:45

「大丈夫……?」

 美咲が心配そうに良輔に声を掛けた。

「……。」

 良輔は体をブルブルと震わせるだけで、何も答えることができない。当然だろう。人の死体を目撃しただけでなく、それを「踏んで」しまったのだから。

「飲めるか?」

 雄哉が買ってきたばかりのミネラルウォーターをカバンから取り出した。良輔は首を横にフルフルと振るだけで、言葉をやはり返してこない。

「本当に……志甫さんだったの?」

 良輔が小さくうなずく。あれを間違えるはずがなかった。

「なんで……こ」

 雄哉が一瞬詰まったが、ハッキリと口にした。

「殺されたんだ?」

 それは誰もが思うことであった。

 この長野県西羽生村は全人口25人の小さな村だ。長野県の中でも(こま)(たけ)の麓に位置するかなりの山間部で、この西羽生村へ来ようと思ったらJR飯田線の駒ヶ根駅から県道75号線を車で移動。さらにそこから箱根駒ケ岳ロープウェイを利用してしばらく登山道を使わなければ来られない場所である。

 これといった観光名所もないため、宿泊施設なども用意されていない。そのため、外部の者が入村する可能性というのは極めて低いものがあった。何しろ、宅配便ですら1週間に一度しか来ないという有様である。

 遠藤 志甫はそんな村に環境省から派遣されたフォレスト・レンジャーであった。何をするのか良輔も具体的に知っているわけではないが、どうやら森林の保護や研究を行っていそうだった。彼女は村の出身ではないが、大学卒業後からこの村に定住している。今年でもう6年目と言う立派な村人であった。

 ちょっと不可思議な面はあったものの、恨みを買うような人間でないのは良輔をはじめとする村人全員が知っていた。そんな彼女がなぜ、殺されたのか――。

「良輔」

 良輔の父である()(ざわ) (みき)()が良輔を呼んだ。幹夫は村で唯一の交番に勤務する、頼れる警察官だ。

「父さん……」

「詳しく話を聞かせてくれるか?」

「……わかった」

 良輔はおぼつかない足取りで立ち上がり、幹夫の後を追った。

「事情聴取……かな」

 美々が不安そうに呟いた。

「だと思う」

 雄哉が返した。

「怖い……」

 美菜がギュッと美咲の腕をつかんだ。

「大丈夫よ。今日はみんなで帰ろうね?」

 美咲も不安で仕方がなかったが、みんなと一緒なら大丈夫という安心感があった。

「行こうか」

 雄哉が全員に声をかける。

「良くんの荷物は?」

「俺が持って帰るよ。美菜ちゃんも送っていくし」

「そのほうがいいね」

「美咲。お前は大丈夫なのか?」

「大丈夫。いざとなれば、大地くんいるし」

 大地が恥ずかしそうに笑った。大地は小柄だが、既に柔道は黒帯である。

「そうだな。大地、頼んだぞ?」

「うん!」

 大地の屈託ない笑みが、雄哉には少し儚げに見えた。


 15時15分。良輔は自宅からそれほど遠くない交番に父と一緒にやって来た。

「そうか……。鬼ごっこを放課後にしてたんだな」

「うん……。2時に授業が終わって……今日は先生が出張の日だから、早めに授業を切り上げたんだ」

「志甫さんを最後に見たのは?」

「一時間目……。多分、9時半過ぎだと思う」

「その後、志甫さんを見た人は?」

「大地が……昼飯のときに弁当箱ひっくり返して、アイツ服にソースが飛んだから雄哉と一緒に洗いに行ったんだ」

 幹夫は真剣な表情で良輔の言葉をノートに記していく。

「それで、その時志甫さんの様子は?」

「いつもどおり草を取ったり、花を摘んだりして研究熱心だったって言ってた」

「なるほど……その後はどうだ?」

「午後1時半過ぎに、美菜がトイレ行きたいっていうから美咲がトイレに連れて行ってくれたんだ」

「そのときは?」

「帰ってきたときに美咲が『志甫さんまだやってる』って言ってたし、美菜も『お花いっぱい摘んでた』って言ってたから……生きてたと思う」

「なるほど……」

 良輔の震えが止まらない。幹夫は警察官ではなく、良輔の父の姿に戻った。

「大丈夫か?」

「……すっげぇ、怖かった」

「大丈夫なハズないよな。怖かったな……」

 しばらく良輔をしっかりと抱き締めてくれる幹夫の温かさに、良輔は少し安心感を取り戻していた。


「ただいま……」

 美菜を送り届けた雄哉は小声で帰宅の挨拶をした。

「大丈夫だったのかい、アンタは!」

 母の(まつ)()と父の(まこと)が大慌てで雄哉を迎えた。

「俺は平気だけど……良輔が……」

 そこまで言ってから、雄哉は言葉を止めた。

「大丈夫よ。すぐに幹夫さんが駆けつけてくれたでしょう?」

「うん……」

「だったら、心配せずに待ってなさい。きっと、すぐに犯人を見つけてくれるさ。何せ、幹夫さんは優秀な人だからねぇ」

 確かに、幹夫はこれまで県内でも有数の事件をいくつも解決してきた優秀な警察官である。そんな幹夫の我が子が事件に巻き込まれたのだから、捜査の手を緩めることはないだろう。

「明日、学校はあるのか?」

「わかんない。先生、出張だし」

「村の担当の……みそのさんに聞いてみたら?」

「そうか……そうするよ」

「電話場号は電話帳に書いてあるから」

「はいよ〜」

 雄哉は電話を取った。コールが1回。2回。3回。

「出ないや……」

「じゃあ事件がらみで忙しいのかもなぁ」

 誠が心配そうに答えた。

「なんだか大変なことになったわねぇ」

 松子もかなり心配そうだ。

「これからは、集団登下校とかになるんだろうな」

 誠が雄哉に聞いた。

「いっつもそうだけどな」

「あぁ、そういえばそうねぇ。あの人数じゃねぇ」

「ハハハ! それもそうか!」

 大笑いする3人。まだ、事件はどこか他人事という感覚があった。




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