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「ふあ〜ぁ……」
良輔が大きなアクビをすると、美菜が心配そうに声をかける。
「眠たいの?」
「ちょっとね〜……」
「お勉強、頑張ったの?」
「そういうことにしとこうかな!」
良輔は美菜の頭をクシャクシャと撫でた。美菜は良輔に撫でてもらうのが大好きだ。
「よぉく言うよ。どうせエロ本かエロビでも見てたんじゃねぇの?」
「その声は……雄哉だな?」
「当たり! おはようさん、良輔」
そう言って木陰から現れたのは、幼なじみの浦上 雄哉。村の子供たち(といっても、良輔、雄哉、美菜のほかに3人いるだけだが)を取りまとめる、よく言えばリーダー、ちょっと庶民派(?)な言い方をするとガキ大将のような存在だ。
だからといって某アニメのように威張り散らすだけでなく、運動神経はそれなりによく何より頭の回転が速い。成績も上々なので、良輔も頼りにする面が大きい。
「誰がエロ本なんか読むかよ」
「おやおや〜? お年頃なんだから、読んでたりしててもおかしくないですよね?」
「そういう雄ちゃんはどうなのよ」
「おっ、美咲じゃーん。おっはよ!」
良輔と雄哉の間に割って入るように現れたのは姫路 美咲。彼女もこの西羽生村の数少ない子供の一人で、子供たちの中でもほわわんとした平和キャラが魅力的だ。ただ、時たま吐く毒舌が恐ろしく、良輔や雄哉をどん底へ叩き落すことも稀にある。
「それはそうと、国語の宿題やってきた?」
「え!?」
美咲の言葉に良輔と雄哉は顔を強ばらせた。
「あーぁ……忘れちゃったんだ」
美咲が哀れむような表情になる。
「だ、大丈夫だよ! 学校着いてからソッコーでやれば……」
「それがそういうわけにもいかないみたい」
「なんで? チャチャっとやっちゃえば済むようなヤツだったから」
「後ろ見てみれば?」
「後ろぉ?」
後ろを振り返ると、良輔たちの担任である板倉 聡明が立っていた。
「まったく〜……お前たちは! いっつも何か粗相を起こすなぁ」
良輔と雄哉の顔が青ざめる。
「さぁて……今日はどんな罰ゲームを喰らわせてあげようか?」
「や、やっだなぁ先生! もう三十路なんだからさぁ、そんな大人気ないことやめようよ?」
雄哉が冗談交じりで言ったが、単にそれは聡明の怒りを増すだけであった。
「ったく。雄哉が変なこと言うから1時間目まるまる掃除させられるハメになっちまったよ」
良輔はブゥブゥ不満を言いながらほうきでゴミを掃いていた。とはいえ、ここは自然豊かな村。ゴミというよりは砂と落ち葉くらいしかないわけで、しかも夏場のこの時期だから落ち葉なんてほとんどないのである。
「いいじゃん! 授業よりこうして外で掃除してるほうが楽で」
「まぁな」
すると、茂みのほうでガサガサと音がする。
「おいおい、またいるんじゃねぇの?」
「またか……」
良輔と雄哉はため息をついた。
「よし! 今日は雄哉の番だぞ?」
「バカ言え。先週は俺がやったんだから、今週はお前!」
「しょうがないなぁ、肝の小さいヤツは」
「んだと〜? いいからサッサと行け!」
良輔は仕方なく、茂みのほうへ行ってほうきを突っ込み、軽くつついた。
「んも〜! せっかくいい所なのに……またあなたたち!?」
そう言って茂みから姿を現したのは、遠藤 志甫。彼女は環境省認定のフォレスト・レンジャーと呼ばれる職に就いている。西羽生村の特徴的な自然に惹かれて、自ら立候補してこのド田舎にやって来た、少々変わり者の女性である。その様子は、この学校内という場所にある茂みにもぐっているあたりからも窺えるであろう。
「それはこっちのセリフ! 志甫さん、ここ学校でしかも授業中」
「いいじゃないの! この学校にある植物は興味深いのが多いのよ。今後の研究の資料になりそうなものが……」
ブツブツと言いながら志甫は再び自分の世界に入ってしまった。こうなると、誰もツッコミの仕様がなくなってしまう。
「しょうがない。この人は放置してそろそろ教室戻ろうぜ」
良輔がため息を漏らして、ほうきとちりとりを手にして歩き出した。
「そうだな」
雄哉も納得して歩き出す。志甫は相変わらずブツブツと何か葉っぱを片手に呟いていた。
「それじゃ、今日はここまで。はい、姫路。号令!」
聡明の呼びかけに応じて、委員長の美咲が声をかける。
「起立」
そう言って数少ない生徒たちが立ち上がる。雄哉、美咲、美菜、良輔。そして残りの二人は男女一人ずつ。男子が小学校4年生の濱 大地。女子が中学1年生の塚本 美々(みみ)。まだまだ幼い彼らは、良輔たちを兄や姉のように慕ってくれる、とてもいい子たちだ。
鐘というのが相応しいチャイムの音が鳴る。これも放送ではなく、村役場職員である東田 みそのという女性が鳴らすのである。この羽生中学校および分校小学校には校長先生がおらず、聡明と村役場の職員、そして給食を作る雄哉の母である浦上 松子のみで職員は構成されている。
「ようし! 今から校庭で鬼ごっこだ!」
そう提案したのは良輔。
「えぇ? 鬼ごっことはまた疲れることを……」
美咲がため息を漏らした。雄哉が「オバハン臭いこと言ってんなよ、美咲ぃ」と茶化すと「ヒドいよ〜。見た目でいけば雄哉くんのほうがオッサンだよ? だって、髭生えてるし」と奈落の底へ突き落とすような毒舌によって、雄哉は床にガックリと座り込んでしまった。
「はいはい。それじゃあどん底の雄哉くんに元気出してもらうために、鬼ごっこに決定!」
「お前ら〜……待ちやがれー!」
キャアキャアと美菜や大地が嬉しそうに駆け回る。校舎から校庭へ飛び出し、グルグルと満遍なくあちこちを駆け回る6人。いつのまにか良輔は、校舎裏の茂みにやって来た。
「そういえば……」
良輔は志甫の姿を探した。まだいるんじゃないかと思ったのだが、どうやらさすがに帰ってしまったらしい。まだいたらいたで、病気のような感じもするのでいないとわかってちょっとホッとしたのが正直な気持ちであった。
「ここならバレにくいだろ……」
良輔はそう言って茂みに隠れようとした。
グニッ――。
「――え?」
嫌な感触がした。まるでそれは犬の置き土産を踏むような感触。
「最低だぁ……。ったく、どこのワンコだよ……」
しかし、次の瞬間良輔の目に映ったのは、肌色の細い、5本の何か――紛れもなく、指だった。そして、その先に伸びるのはちょっと日焼けをした、これもまた細い腕。
視線を先へ移す。すると、今度こそ映った。首を絞められ、目を限界まで見開いているその人物は、遠藤 志甫であった。
「うあああああああああああああああ〜っ!」
良輔の悲鳴が、村中に響いた。
<残り24人>