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7/3 08:34


(お兄ちゃん……)

「……。」

(お兄ちゃん!)

「……?」

(良輔! 良輔!)

「ん……」

「良輔!」

「え……!?」

 驚いた良輔が目を覚ますと、目の前には美菜、摂子、幹夫が立っていた。

「良輔ぇー!」

 摂子はそのまま良輔を押し倒すようにして抱き締めてきた。

「えっ!? かっ、母さん……!?」

「ウッ……ウウウ~ッ……!」

 良輔はまったく理解が追いつかなかった。ここはどこなのか。殺害されたはずの美菜や摂子、幹夫がなぜ目の前にいるのか。

「そっか……ここ、天国……とか?」

「何バカなこと言ってんの! アンタ……ウチの家族で目ぇ覚ましたの、最後なんだからね!」

「目ぇ……覚ました?」

「あっ!」

 聞き覚えのある声に振り返ると、事件のきっかけになったあの遠藤 志甫が立っていた。

「野沢くーん! よかった、君も目ぇ覚ましたんだね!」

「遠藤さん……? え……ちょ、いったい何がどうなってんだよ……」

 摂子と幹夫が顔を合わせた。

「良輔。これを見なさい」

 ベッドの傍に置かれていたテレビのスイッチを、摂子は入れた。

 女性キャスターがニュースを伝えている。

「引き続き、甲信越地方で発生しました甲信越地震に関するニュースをお伝えします」

「地震……?」

「7月1日午前7時45分頃、長野県西羽生村の南西2kmを震源とするマグニチュード8.2の非常に強い地震が発生しました。長野県長野市、千曲市、安曇野市、松本市、西羽生村で震度7、長野県飯田市、岐阜県北部、新潟県中越地方、静岡県西部、愛知県東部など広い範囲で震度6強、東京都23区でも震度5強から一部地域では6弱を観測するなど……」

「……。」

 良輔の頭の中での処理がまだ追いつかない。先ほどまで、自分が事件に巻き込まれていた西羽生村で、震度7の地震という報道の意味がまったく理解できないでいた。

「どういうこと……?」

「実はね」

 摂子が話そうとしたときだった。

「おい!」

 飛び込んできたのは、新吾だった。

「浦上さんの雄哉も、目ぇ覚ましたぞ!」

「!」

 その言葉に良輔の表情が強ばる。しかし、周囲の反応はまったく違った。

「本当!?」

 摂子が飛び上がるような大声を上げた。

「良かったなぁ!」

 幹夫もドンドン!と良輔の肩を叩く。

(何が……どうなってんだよ……)

 ワイワイと騒ぐ家族や村人たちの後ろを、そっと初老の男性が通った。

「君が……最後の生存者だね?」

 良輔を見て微笑み、そう語る男性に良輔は警戒心をむき出しにして応えた。

「最後の……?」

「説明しよう。こっちへ、いらっしゃい」

「……はい」

 良輔は体のあちこちに痛みを感じていた。

「痛むかい?」

「ちょっと……」

「そうだろうね……」

 良輔は案内されるがまま、コンピューターがたくさん置かれている部屋に入っていった。

「これは……?」

「バイザーコンピュータ……。バイザーとは、日よけという意味を持つんだが、まぁ、この場合はどちらかというと覆う、という意味合いを含んでいる」

「はぁ……」

「このコンピュータはね、私が開発したんだが。人の記憶を別の記憶で覆い込み、作りかえることが可能なんだよ」

「は!? そ、そんなことして大丈夫なんですか!?」

「大丈夫だよ。実際、君たちの記憶を覆って今回、作り変えたんだから」

「……。」

 理解を超えた男性の発言に、良輔は目を点にする。

「あぁ、自己紹介をしていなかったね。私は飯塚(いいづか) (たけし)。この病院の院長だ」

 それから毅はひとつひとつ、丁寧に説明してくれた。

 7月1日午前7時45分。既に良輔たちからその瞬間の記憶はあまりにも衝撃的すぎるため、作り変えられているのだが、西羽生村の南西2kmを震源とする非常に激しい地震が村を襲った。激震に伴い、村の建物は一瞬で倒壊。さらに、村北部に迫る羽生山が山体崩壊という大規模な土砂崩れを発生させ、村の9割を土砂で覆ったのだという。

 しかし、この大規模災害の発生にもかかわらず、救助は素早く行われた。村の南端で、自衛隊による訓練が行われていたのだ。その自衛隊員たちが土砂災害に見舞われた村人たちを次々と救助。そして、この病院で治療とバイザーコンピュータによる記憶の改変を行い、村人たちを救ったと言うのだ。

「ちょっと……待ってください」

 良輔がストップをかけた。

「村人が……どこにいるかなんて、自衛隊がそんな知ってるもんですか?」

「それを教えたのは、俺だよ」

 良輔が振り返ると、雄哉が立っていた。

「雄哉……」

 雄哉はニッコリ笑いながら、良輔のそばにたった。しかし、良輔は警戒心を激しく出して、雄哉から離れていく。

「心配すんな。あれは俺だけど、俺じゃない」

「はぁ?」

 そして雄哉は語り始めた。

「あの日……母さんに頼まれて、俺は店の届け物を自衛隊の駐屯地に届けに行ったんだ。そこで……あの地震が起きて、村が土砂に飲まれるのを見たんだ」

「……。」

「村人であの時間、土砂に飲まれなかった場所にいたのは俺と自衛隊の人たちだけ。俺は……自衛隊の人たちと一緒に、村人を助けに行った」

「……。」

「でも、お前も含めて誰も彼もが大怪我してるし、意識ねぇし……。そんな時、そこにいる飯塚先生が言ったんだ。怪我は治療できるが、意識が戻るか戻らないかはお前ら次第だって。俺はそんなの、嫌だって言った」

 良輔は涙ながらに語る雄哉の言葉をゆっくり、飲み込んでいった。

「そうしたら……そこにあるバイザーコンピュータでお前らの……意識に入り込んで、記憶を改変させて……強制的に、意識を取り戻す方法を、先生教えてくれた」

「もしかしてそれが」

「そう。この3日間の事件ってわけだ」

「……。」

「続きは私から説明しよう」

 毅が前に立った。

「このコンピュータは、意識に介在できる……あぁ、入り込むことができるのはもうわかったね?」

「はい」

 良輔はうなずく。

「今回……雄哉くんを除く村人24人の意識は正直言って、生きるか死ぬかの狭間にあったんだ。聞いたことないかい? 賽の河原というのを」

「なんかの……漫画で読みました」

 毅は目を丸くした。

「最近は何でも漫画で勉強できるもんなんだなぁ。バカにできないね」

 そう言ってから毅は続ける。

「その賽の河原だとか、三途の川と言われる場所に、君たちの意識はあったんだ」

「……。」

 良輔は首を傾げる。雄哉も「俺も正直あんまわかってねーけど」とケラケラ笑った。

「もう仏教的な話になってくるけどね、まぁ聞いてくれ」

 毅はさらに続ける。

「その意識を強制的に虚構ではあるが、村へと戻す。そして3日間で何とかしてその賽の河原や三途の川にいる君たちの意識を、強制的に戻す必要があった。つまり」

 良輔が引き取った。

「“その世界”の俺たちを……殺す必要があった」

「そういうことだ。だけれども、君たちは自分が死にかけていることを理解していない。そうなると、生き残っている人がその世界に入り込み、できる限り口外せず、意識を殺してこなければ……ならないというわけだ」

 雄哉がブイサインをする。

「今回の場合、それは俺しかいなかったってわけ」

「未成年にそんな残酷なことをさせるのは私としても抵抗があったが、雄哉くんは君たちが助かるなら、と受けてくれた」

「ちょっと待ってください」

 また良輔がストップをかける。

「仮に俺たちが全員“あっちの世界”で死んだとしたら……雄哉は、取り残されるじゃないですか」

「そう。それがネックなんだよ」

 毅は表情を暗くする。

「君たちを救うために入った人物は……通常、犠牲になってしまう」

「……。」

「だから、私はいままでこの機械を使ったことはなかった。しかし、雄哉くんは自らを犠牲にしてでも、君たちを助ける。そう言ってくれたから……使ったんだ」

「でも……いま、雄哉は生きてる」

「腕の刻印、覚えてるか?」

 雄哉が右腕をトントン、と軽く叩いた。

「あぁ……」

「あれは、お前らが死ぬか生きるかという……一人ひとりのタイムリミットを示してたんだ。それまでに何とかして意識を……現実世界へ戻す必要があった」

「そういうことだったのか……」

 つまり、良輔の場合は亡くなる7秒前で意識が現実へと戻ったというわけである。

「そして、最後に亡くなる人物の意識が現実へ帰る、あるいは“あっちの世界”に引き込まれた場合は、機械を通じて意識の世界に入った人物も……戻れなくなる。つまり、どっちにしても犠牲になるってわけだ」

「でもお前、いま俺の目の前にいるじゃん」

「そ。良輔。お前が俺を先に撃ったからだよ」

「あ……!」


(逃……がす……か!)


 あの瞬間の記憶が蘇る。

「お前に頭ぶち抜かれて……俺の“あっちの世界”での意識は強制的に現実に戻された。その直後、お前も“あっち”では死んだ」

「それで、幸いにして全員が助かったと言うわけだ」

「……。」

 良輔の頭の中で、次々とあの3日間にあった出来事が蘇っていく。

「顔色の悪かった人は?」

「意識があの世に吸い込まれる……寸前だったってことだ」

「……じゃあ、死んだ順に」

「この世では息を吹き返したってわけだ」

「……。」

 すべてを理解できた良輔は、フラフラと立ち上がりそのままゆっくりと、雄哉を抱き締めた。

「雄哉……」

「なんだよ良輔~」

「あ……りが……とう」

 言葉にならない想いが、次々と良輔の胸からあふれ出していく。

 こうして、良輔を巻き込んだ3日間の“事件”はゆっくりと、幕を下ろしたのだった。







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