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ズン!と音がして、良輔の真横に血で染まった鉈が下りてきた。
「……っ!」
思わず声が出そうになったが、辛うじてその気持ちを堪えた。どうやら良輔の居場所は雄哉からは見えていなかったようだ。
「気のせいか……?」
「……。」
良輔は涙がこぼれそうになったが、泣くと嗚咽が漏れてしまうので必死で堪える。その時だった。
電話の音がした。暗闇の河原に響き渡る、無機質な機械の音。雄哉は電話をすぐに受けた。
「もしもし」
『もしもし。わかる? 私』
「おう」
(美咲……!?)
『今ね……良輔の家にいるの』
「どうだった?」
『簡単。お二人とも、よーく眠っていたから……』
「そっか……。待て」
雄哉の声色が変わった。良輔の心臓は破裂しそうなほど鳴り響いている。
「良輔は?」
自分の名前が出た途端、心臓が飛び出すような感覚に見舞われた。
『いなかったわ』
「……そうか」
雄哉はなんとか聞き耳をそばだてて電話の相手の声を聞き取ろうとした。
『でも大丈夫よ。これでご両親はもう、安心』
「そっか」
いつもの雄哉の声色に戻る。あの人懐っこい声だった。
「ゴメンな……。辛い思いさせて」
『いいのよ』
雄哉が吐いた言葉を聞いて、良輔は愕然とする。
「美咲」
その後の会話はよく聞き取れなかった。いつの間にか雄哉の気配はなくなっていた。どれくらい時間が経ったのかもわからず、良輔はずっとしゃがみ込んでいた。
「美咲が……? 雄哉と、美咲が?」
アイツらがグルになっている? 俺は騙されていた……?
良輔の中にグルグルとおぞましいほどの疑心が生まれていた。
「家に……家に帰らないと」
良輔はそっと茂みから顔を出し、周囲に誰もいないことを確認して飛ぶように家へ帰った。
驚くほど息切れが早かった。気分が妙に高揚しているせいか、普段起きていない時間帯に起きているからかはわからなかった。
見慣れた自宅。良輔は意を決してドアを開けた。
「……。」
特に家が荒らされている気配はなかった。リビングもダイニングも、変化はない。つばを飲み込み、良輔は寝室に入った。
「う……」
良輔の視界に入ってきたもの。それは数十分前まで寝息を立てていたであろう、幹夫と摂子の姿だった。
「うあああああああああああああああああ!」
良輔は二人が横たわる布団に駆け寄った。
「父さん! 母さん!」
グチャッ……と不快な音と嫌な臭いがした。二人の頭部からとめどなく流れる血が、布団を濡らしていた。
「そんな……なんで……」
遂に身近にいる、大切な人にまでこのような事件に巻き込まれることを、この連続殺人事件が始まってからある程度は覚悟していたものの、いざ目の当たりにすると衝撃以外のなんでもなかった。
「ゴメンね、良輔」
ビクッとして振り向くと、美咲がそこに立っていた。
「美咲……」
「おじさんとおばさん、私が……殺したの」
「なんで……なんでこんなことすんだよ!?」
「良輔は雄哉から何も聞いていないの?」
「聞いてるわけないだろ! 俺……それに見たんだ! 雄哉が新吾先生と平祐さんを殺してるのを」
「違う!」
美咲が大声で叫んだ。
「何が違うんだよ!」
「わかってよ……時間がないの。急がないと私たちみんな……」
「美咲」
驚いて振り向くと、雄哉が立っていた。
「雄哉……」
「よっ」
雄哉はいつもの雰囲気で近づいてくる。良輔は警戒しながら、雄哉の動向に視線を注ぐ。
「そんなに警戒すんなよ。友達だろ?」
「俺……知ってるんだ」
「何を?」
「お前が……いろんな人を殺してることを!」
「……。」
一瞬にして雄哉の表情が変わった。
「そっかぁ……」
クククッと不気味な声が響き渡る。美咲と良輔は雄哉から視線が外せずにいた。
「じゃ、話早いじゃん」
雄哉がポン、と美咲の体を叩いた。
「お疲れ、美咲」
次の瞬間、美咲の体がフワッと透けるように消え初めたのだ。
<残り??人>